神奈川統一を目指した男たち

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先日、神奈川県にて高校生を含む36人の少年達がバイクで集団暴走し、摘発されたというニュースがあった。取るに足りない暴走族のしょうもない事件だが、容疑を認めた少年の一人が話した『神奈川を統一しようと思っていた』という言葉が、滑らかな曲線を描く美女の腰に舌を這わせるような新鮮な感動を私に与えてくれた。もちろん、美女の腰を舐めるような経験は一度もないのだが……。

 

それにしても、少年の感情のケツの穴から放出されたようなこの言葉には生臭い迫力がある。なにせ『神奈川を統一しようと思っていた』である。凡百の小説家はもとより、例えば村上春樹に暴走族小説を書かせたとしても、このような真に人間の心の底から湧き上がってきた純一無雑な台詞は生み出せないだろう。

 

村上春樹であれば、主人公の暴走族総長が朝にスパゲティを茹でている間に同棲中の双子の女の子とベッドでいちゃつき始めてしまい、コトを終えた後に「やれやれ」などと呟きながら伸び切ったパスタを一人で食べ、クラシック・ジャズを聴きながら愛車のカワサキ・ゼファー400で国道16号線を爆走して帰宅したら着ていたTシャツが血で真っ赤に染まっている事に気付き、以後、双子の女の子は二度と作中に登場しない……などという意味の分からない物語に落とし込む程度の事しか出来ないハズだ。はっきり言って暴走族よりよっぽど怖い。

 

神奈川を統一したいというこの言葉、この想いが何故こうまで私の心を惹きつけるのか? 実は、私はこの言葉を聞くのが〝人生で二度目〟なのだ。

 

そう、過去にもこの暴走族の少年と全く同じ台詞を口にした男がいた。彼の名は、岩熊という。私の高校時代のクラスメートであり、校内でも有名な不良であった。岩熊は狂っていた。半額シールが貼られているのに誰からも手に取ってもらえない菓子パンのように静謐だった私の人生に突如現れた、本物の狂人だった。なにせ奴は地元の町田市から高校がある八王子市まで、バイクを手放し運転しながら通っていたのだ。

確かにバイクは手放しで直進も旋回もできる乗り物だが、岩熊はそもそもハンドルを取り除いていた。ブレーキがないため毎朝腕組みをしたまま悠然と校門に突っ込んでバイクを停止させる岩熊は、異彩と呼ぶには物足りないほどの超然としたオーラを放っていたし、結局器用なんだか不器用なんだか分からない人という印象を周囲に与えた。毎日足を引きずっていた事から、停車の度に割と大きな怪我を負っていたものと思われる。

 

前述の通り私と岩熊は高校のクラスメートであり、偶然にもバイト先も同じヤマザキパンだった。工場で共にパンの製造バイトをする内、我々は仲良くなった。私は彼の勤務態度に目を見張った。何かと他人と衝突したがる学校内でのギラついた彼とは違い、バイト先では妙にしおらしく、レーンに乗って流れてくるパンを黙々と食べ続けていた。我々に割り振られていたのはパンを袋詰めする仕事だったので、実際はとてつもない間違いを犯しているワケだが、過誤も真剣に繰り返されると何だかもうそれはそれで正しい気がしてくる。とにかく岩熊の労働に対する姿勢はひとつの生き方として、清く正しいなと感じさせるものがあった。何より、4時間ぶっ通しでパンを食べ続けなければならない岩熊の時給とパンを袋詰めしてるだけの自分の時給が同じなら、アリだなと思えた。幸福とは結局のところ、相対的なものさしでしか測れないのだ。

 

当時、『相模原リラクゼーション』という、辞書から適当な横文字を拾って付けたような暴走族が存在していた。アロママッサージでも施してくれそうな名前とは裏腹に、神奈川県で一、二を争う有名な暴走族だった。そんな相模原リラクゼーションに岩熊が決闘を申し込んだという話を、私は後になって人づてに聞かされた。驚く事に、岩熊はどこの暴走族にも所属していない一匹狼のため、相模原リラクゼーションに個人で立ち向かうつもりなのだという。いくら岩熊でも、何十人もの敵を相手にできるワケがない。

振り返ってみれば、岩熊はその手の話を私に一切しなかった。バイトを通じて仲良くなったものの、あくまでも私はカタギの人間として認識され、一線を引かれていたのだろう。私はそれが悲しかった。

 

岩熊と交流があった高校の不良たちから決闘場所を聞き出し、私は町田市の警察署へ向かった。信じられない事に、警察署の駐車場が決闘場所に指定されたのだという。害虫がゴキブリホイホイに自ら突っ込んでいくようなものだが、手放し運転でバイク通学し、袋詰めしろと言われているパンを全て胃袋に収めてしまうような人間に常識は通用しない。

 

町田警察署へ到着すると、駐車場に若者の集団が突っ伏しているのを見つけた。

 

彼らはすでに大勢の警官に取り囲まれており、倒れている若者の中には額に風穴が空いている者もいた。おそらく、町田署の警官に発砲されたのだろう。

 

「岩熊! 馬鹿野郎! 何でこんな無謀な事……!!」倒れていた彼の元へ駆け寄ると、岩熊はバイト中に度々見せた〝もうこれ以上パンは食べられません〟という弱々しい顔を作り「俺ぁ……神奈川を統一したかったんだよ……」と力無く呟いた。その声に相模原リラクゼーションの一人が反応し、「ゴホッ……! こ、これが〝神奈川でサシ最強〟と呼ばれた町田の岩熊か……流石に強ぇな。おまわりの邪魔がなきゃ、どうなってたか分からん勝負だったぜ」と体を起こした。額の中心に穴が空いているのに信じられない生命力である。

 

「何が〝神奈川を統一したかった〟だよ!? それは命を賭ける程のこ……ッ!!」と言いかけ、私は言葉を継ぐのを止めた。岩熊には命を賭ける価値があったのだ。だからこそ、たった一人で暴走族とやり合った。

警官に取り押さえられていた相模原リラクゼーションの総長が「今回は場所が悪かったな、岩熊ァァ……! このケリは必ず付けようや。神奈川を支配すンのは町田じゃねぇ、相模原だ」と笑うと、岩熊も「神奈川を統一すんのは町田だ馬鹿野郎ッ! 群れてねぇと喧嘩も出来ない能無しがァッ!」と凄みながらも笑ってみせる。

 

顔をボコボコに腫らして笑い合う二匹の珍獣のスケールの大きさに圧倒され、私は「凄ぇよアンタたち……俺には町田も相模原も、神奈川最強に見えるや」と賛辞を述べていた。

 

そして、そんな我々のやり取りをショウガが一切使われていない生姜焼きを見るような冷ややかな目で眺めていた町田警察署の警官が口を開き、こう言った。

 

 

「町田は東京都だよォッ!!!」

 

 

-完-