ぼくのなつやすみ

ちょっと体を焼こうかなぁなんて炎天下のアスファルトの上で昼寝してたら魂まで燃え尽きてしまったミミズ、小学生の頃に自由研究で〝実際に人が乗れる車の模型を作る!〟と豪語し新学期に上級生がひるむほどの巨大な段ボールの塊を引きずって登校した同級生の立花君など、夏の風物詩は数多い。

 

今日はそんな夏の風物詩の中でも、高一の夏休みに童貞を卒業した途端一人称が僕から俺に変わった西崎君並みに爽やかな〝冷やし中華〟が食べたくなり、近所のラーメン屋へ向かった。

 

しかしラーメン屋の店主との「冷やし中華お願いします」「煮干しラーメン?」「いえ、冷やし中華」「煮干しラーメン?」「だから、冷 や し 中 華」「煮 干 し ラ ー メ ン??」というやり取りに激しく困惑。

 

挙げ句の果てに「悪いけど今日は冷やし中華は出せないよ。ほら、暑いからその……冷えないんだよね。中華が冷えない」などと気まずそうに言われ、今日で盆休みが終わる俺でさえそんないい加減な理由で仕事をサボろうとはしないぞ、俺は親が死んだ事にして明日サボるつもりだと言って猛抗議。

 

すると店の奥さんに「ごめんなさいね。あの人、仕込みの具材を誤発注しちゃって……煮干しがいつもの10倍来ちゃったの」と平謝りされ、オンナの涙にめっぽう弱い俺は自分でも驚くほど澄んだ声で「煮干しラーメンッ!」と頼んでしまった。まぁ、奥さんは一粒の涙もこぼしてはいなかったのだが……。

 

完全に〝冷やし中華の口〟になっていた俺の舌には煮干しラーメンはいささか熱すぎたが、まぁ冷やし中華だと思って食えなくもない。最後の一滴まで完飲させていただいた。

 

そのようなワケで、夏の思い出と呼べるようなエピソードがこれしかないまま、俺の夏休みは無慈悲に終わろうとしている。