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ルル・ファンタジカ

何の不自由もなく暮らしていけるだけのお金が口座に振り込まれているのは忘れることにしたのだから、しなくてもいいバイトだって真面目に取り組まなくてはいけない……ってのは分かってるんだけど、それでもやっぱりお金がたっぷりある中で必要のない仕事をするというのは、これがなかなか厄介なことなんだな。散漫な思考はフラフラとあっちへ行ったりこっちへ来たり。仕事中眠いったらありゃしないというか、正直に言うとこっそり居眠りしちまってもいるのさ。でも注意をしてくる人なんてもちろんいない。僕の「立場」ってのはもう、そういうものになっているらしいんだ。何て言ったらいいのか……ほんとんど英雄扱いなワケさ。まあ、実際そのとおりなんだけれどね。


しかし自分で言うのもなんだけれど僕はまだ23歳になったばかりの若者だ。一生遊んで暮らせるお金があるからって、この先何もしないってワケにはいかないじゃあないか? 一応、僕は世界を救った「勇者」なんだしさ。その、プライドみたいなものだってある。それに僕という人間は一度ラクなほうへ転がっていくと二度と元の軌道には戻れないタイプの人間なんだな。多くの人はそんなことないよ、と言ってくれる。でも……誰だって自分のことは自分にしかわからない、そうだろう?


毎日毎日決まった時間仕事をして、政府が用意してくれた立派な門がついているお城みたいな家には寄り付きもせず、毎月自分で家賃を払っているマンションの部屋へ戻ってささやかな食事をする。いまだにテレビの出演依頼はひっきりなしに来るし講演会の誘いもしょっちゅう来るけれど、そのすべてを断ってトイレ掃除をする。風呂掃除をする。丁寧に掃除機をかける。飼っているネコのトイレの砂だってきちんと変えてやる。最近になってようやく、世界を救うヒーローになる前の生活が取り戻せてきてるんじゃないかな、なんて実感しているところなんだ。ネコの奴らもあの小さな脳みその浅いシワとシワの間に埋もれてた僕のことを思い出してくれたみたいで、最近は僕を見ると昔のように「ニャーン」なんて鳴きながら体をすり寄せてきたりするんだ。

何せ僕が「ファンタジカ」へ旅立ったのは2年前のことだからね。ネコが2年も前のことを思い出すってのは、僕らが16年ばかり前の晩に食べた夕食を思い出すくらい難しいことなんじゃないかな?


こうして生活がある程度落ち着いてきて、やっとあの頃のことを振り返る余裕みたいなものが生まれたワケだけれど、ファンタジカで過ごした2年間の冒険の日々ときたら本当に何から何まで新鮮で、何から何まで輝いちゃっててさ。たまらないよね。辛いことももの凄くたくさん経験したけれど、あの日々はそう、青春そのものだったと思う……

もちろん初めはとうとう僕の頭もおかしくなっちまったかと思ったさ、突然部屋の壁にぽっかり穴が開いて、中から女の子が飛び出してくるんだものね。ご存知のとおり、それがルルだったってワケさ。ドラゴンが空を舞い、夜空に虹がかかる神秘の世界ファンタジカに住む、背の小さなショートカットの女の子。


「時のペンダント」を使って時空間を越えて僕の部屋へやってきたルルとの出会いが、すべてのはじまりだったんだ。あとは散々メディアで取り上げられて映画にも(あの作品はだいぶハリウッド的誇張のされ方をしていたけれど、大魔王との戦いのシーンなんてなかなか見事だった)なったとおりさ。巨大なわたぼうしに乗ってファンタジカの大地を飛び回り、精霊の剣を手に入れるためドラゴンの巣へ潜り込み、ドロドロ沼では幽霊たちと格闘し、ヘルデポッポ大草原では一万を越えるモンスター軍団を落とし穴大作戦で見事に返り討ちにした。

そうそう、冒険の中で僕自身に流れる血の秘密も知ることができた……まさか僕が炎の一族、フニャペッタの末裔だったなんてね。そして僕らの住む世界とファンタジカが元々はひとつの星だったなんて、あれにはホントまいっちゃったな。腰を抜かしたよ。ファンタジカを制圧し、僕らの住む世界を暗黒の大地へ封印しようと企んでいた大魔王との死闘……なんだか今じゃ、すべてのことが懐かしくてしょうがないよ。まだ半年も経ってないってのにね。


まあ、こんなメディアで語り尽くされた冒険譚を今さら話してもしょうがないな。冒険の日々は終わり、ルルもファンタジカで生きていくことを選び、そして僕自身もこの世界で元の生活を取り戻すことを選んだのだから……それなのに、どうして僕って奴はこうもあの頃のことを次から次に思い出しちまうんだろう。正直に言えば、別れ際にルルがくれたペンダントを見ていると、たまに寂しくてしょうがなくなるときがあるんだよ。

政府は二つの世界を救った僕に莫大なお金とナウマンゾウが生活するような大きな家を用意してくれたけれど、結局のところ僕が欲しいものはそんなものじゃなかったんだな。とはいえ、本当に欲しいものなんて初めからわかっていたんだろうけどね、ルルと旅していたあの頃から。たしかに僕は世界を救った。でも自分が抱える問題だけは最後の最後まで解決できなかったっていう、これはそういう話なんだよ。だって仕方ないじゃないか、僕はあんなふうに女の子に惚れたことは一度としてなかったのだから。もちろんファンタジカへ旅立つ前にだって女の子とデートしたことは何回かあったさ。だけど、ああいう惚れ方っていうのはしたことがなかったんだな。まったく、滑稽な話さ。


だから僕は、しなくてもいいバイトを終えて部屋に戻るまでの帰り道をとぼとぼ歩く中でようやく、決意をしたんだ。こうやって文章を残そうとしているのだって、そのためさ。そう、これは、僕からの最後の挨拶として受け取ってほしいんだよな。急にいなくなったりしたら家族や友達もびっくりするだろうし、きっとまたメディアが騒ぐに違いないんだから。


ルルがこの「時のペンダント」を使って僕の住む世界へやって来れたのなら、同じことがきっと僕にも出来るだろうと思う。実を言うと、ファンタジカから持ち帰ってきた魔法書にばっちりその方法が書かれていたんだな。

そんなわけで僕は、これからそいつを試してみることにするよ。


本当にうまくいくかどうかはわからない。何も起こらないかもしれないし、時空間移動の途中でファンタジカとは似ても似つかない世界に放り出されるかもしれない。しかし人生ってやつは、勇気の出し方で決まるのだと結構本気で僕は信じているんだな。そう教えてくれたのは間違いなくあの冒険の日々だったワケで……


おっと、そうこうしている内にペンダントが光り始めたよ。
レンジで3分、魔法書に載っているとおりだ。
あとはこいつを取り出して胸にかけ、詠唱するんだ。

強く強く、祈りながら。イメージしながら。2年前のあの日、ルルがそうしたように。


きっと彼女はびっくりすることだろう。ひょっとしたら、笑われるかもしれない。

でも、それでいいんだ。

僕は彼女に伝えなければならない言葉を、口にするのさ。


〜 Fin 〜