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眠る大走査線  ネコマダムを解放せよ!

けたたましく鳴り続ける電話のベルが、チャメンマ警部補の深いキャット睡眠を妨げた。


このところ忙しく、昨日は18時間と20分しか眠れていない。


「はい……こちらニャンニャン警察署……」
チャメンマ警部補は不機嫌声で電話に出つつ、辺りを見回した。みな、デスクの上で丸くなって眠りこけていた。

受話器の向こうからドスの利いた声が響いてくる。

「俺の名はニャジラ! 猫目町三丁目のネコマダムを人質に取ったニャ!!
 今すぐ、にぼしとカニかまを3kg分ネコマダム邸に用意するニャ!!
 さもなくば、ネコマダムの命はないものと思えニャーっ!!」


チャメンマ警部補は顔をしかめて耳から受話器を遠ざけつつ、空いているほうの手でニャジラ=悪い奴、ネコマダム=人質、猫目町三丁目、要求は……とメモ帳に書き殴った。

「す、すまんニャ! 何を何kg用意してほしいんだっけかニャ?!」

「にぼしとカニかまとサンマとホタテを各6kgずつだニャー!!」

「りょ、りょ、りょーかい! 今すぐ出動し、お前を逮捕だニャー!!」

「のぞむところだニャーッ!! シャーーッ!! フーーッ!!」


ガチャン! ツー ツー ツー……


と、そのようなわけでチャメンマ警部補は現場へ向かわなければならなくなってしまった。


「やれやれ……」チャメンマ警部補は煙草に火を点け、ノートパソコンを立ち上げてGoogle Earthでネコマダム邸までの道のりを調べ、その後に占いのページへ飛んで今日の運勢を確認した。

9月生まれ。
『気になるあの人と一緒に焼き芋を食べることで二人の仲は急接近!?』とある。

「焼き芋を誘えるような仲なら苦労はしないニャ……」チャメンマ警部補はため息とともに煙草の煙を吐き出し、眠りこけている新米のタマ巡査モモ巡査長を叩き起こし、共に現場へと向かった。


一行はスーパーで犯人の要求したにぼしとカニかまとサンマとホタテを買い込み、二度ほど曲がり角を間違えたのち、犬のおまわりさんに道を聞いてようやくネコマダム邸に到着した。


タマ巡査が門に取り付けられたインターホンを押すと、例のニャジラの底意地の悪そうな声が、
「そこで待っていやがれ!! シャーッ!!」と答えた。


西洋風の豪勢な門の前で三匹が毛づくろいをし合いながら待っていると、背中の毛としっぽをパンパンに膨らませた巨漢の黒ぶちネコ・ニャジラが息を切らして駆けてきたので、チャメンマ警部補も背中の毛を逆立ててスーパーのレジ袋を掲げた。

「お前の要求したものはすべて用意したニャーっ!! フーーーっ!!」

「どれどれ、よく見せろーーッ!! シャーーーッ!!」


ヤクザ映画のようなチャメンマ警部補とニャジラの大迫力のやりとりを前にモモ巡査長はすっかり萎縮し、目をぎゅっと閉じてしっぽを丸め、耳をぺたんとふせてその場にうずくまってしまった。


ニャジラは中身を確認すると大きく頷き、ふんっ!と鼻を鳴らして「よし、確かに受け取ったニャ!」と言って再びネコマダム邸へと戻って行った。


チャメンマ警部補はバタンとドアが閉まるのを確認し、「ふう、終わったニャ」と言って肉球に浮いた玉の汗をぺろりと舐めとり安堵した。

タマ巡査のしっぽはまだ興奮が抜けきれず、膨らんだままだ。

「怖かったですぅ。。。」モモ巡査長はニャジラが去った後も耳を伏せたままでいたので、顔が球のように丸くなっていた。



三人が署に戻る途中、ふいにチャメンマ警部補の携帯電話が鳴りだした。

「はい! 僕ですニャ!」警部補は相手の話に耳を傾けていたが、突然、
「ニャんですって!?」と大声を上げて今歩いてきた道を振り返った。


「ネコマダムが人質に取られているっ……!?
 はいっ、はい! 了解しましたニャ!!」


チャメンマ警部補は電話を切り、タマ巡査とモモ巡査長に向かって、
「大変なことが起きた!! ニャジラという悪党が、3丁目のネコマダム邸に立てこもっているらしい!!」と叫んだ。


一行は大慌てでネコマダム邸に急行した。

タマ巡査が門に取り付けられたインターホンを押すと、
「そこで待っていやがれ!! シャーッ!!」と底意地の悪そうな声が聞こえてきた。
三人はごくりと唾を飲み込んだ。


西洋風の豪勢な門の前で三匹が背を屈めて待っていると、背中の毛としっぽをパンパンに膨らませた黒ぶちネコ・ニャジラが息を切らして駆けてきたので、チャメンマ警部補も背中の毛を逆立てて相手を睨みつけた。


「あれ? お前らはさっきの……?! いや、昨日か? んん?」
ニャジラは首を横にひねって三匹を見回す。チャメンマ警部補も同じように首をひねり、
「あれ? あんたどこかで会ったような気が……?」と眉根を寄せた。

「とにかく、何の用だニャ! シャーッ!!」

「お前はネコマダムの家に立てこもっているそうだニャ! フーっ!!」

「ニャ?! ど、どうしてそれを……!?
 あ、そうか! マダムの奴め、俺様が昼寝をしている間に警察に電話を……!」

「その通りだニャー!! というわけで、お前を逮捕するニャ!!」

警部補の言葉を合図に、タマ巡査とモモ巡査長がニャジラに飛びかかった。


しかしモモ巡査長は怖くて目をつむっていたため、タマ巡査とおでこをぶつけ合ってしまった。
「ぎゅう……」タマ巡査は目を回してその場に倒れ込んでしまい、モモ巡査長はすっかり怯え、その場に突っ伏した。


「くそ! 何をしているんニャ……!」仕方なくチャメンマ警部補がニャジラに飛びかかったのだが、これはニャジラも警戒しておりうまくかわされてしまい、反対にニャジラの素早いタックルにつかまって警部補は転倒してしまった。上になったニャジラは警部補の顔をありったけの力で引っ掻いた。


「んニャアぁぁーーーーーーんっ」

あまりの痛みに思わずチャメンマ警部補は声を上げた。


すると警部補の悲鳴でモモ巡査長が我に返った。
「警部補……!! ああ、ぼぼぼ僕はいったいどうすればぁぁぁ、、、」


チャメンマ警部補は震える巡査長を見やり、「モモ!! 俺にかまわず、撃てっ!!」と叫んだ。

「な、なにぃ!?」これには取っ組み合いを有利に進めていたニャジラも思わずひるんだ。

チャメンマ警部補はその隙を逃さず、下からの体勢でニャジラの胴に組み付き、思いきり締め上げた。
ニャジラはこれに激しく抵抗し、二人は抱き合うようにして地面を転がり回った。


モモ……! 何をしている!! 今だ!! こいつを撃つんだっ!!」警部補が叫ぶ。



「う、う、うわああぁぁぁーーーーーーっ!!」
モモ巡査長はありったけの勇気を持って拳銃を引き抜き、発砲した。


一発、二発、三発…… 


閑静な住宅街に銃声が響き渡る。
 


静寂。



すべてがしんと静まりかえる。


物音ひとつしない。


辺り一面真っ暗だ。



真っ暗?


ああ、そうか、また目をつむってしまったのか……


拳銃を撃つのなんて、初めてだもの。


しかし。


しかし、自分はいつから目をつむっていたのだろう……?


まさか……




モモ巡査長が目を開けると、そこには血まみれのチャメンマ警部補が倒れていた。



警部補の額の真ん中にはぽっかりと穴が開き、両目にも大きな穴が開いていた。
ひゅう、ひゅう、と苦しそうな息を吐き出し、チャメンマ警部補が口を開いた。
「お、お前……なのか……? モモ、、、?」


「は、はいっ……! すみません、僕が目を閉じて撃ったりしたせいで、こんな……」
警部補の額の中心と両目からは、どくどくと血が噴水のように溢れ出していた。
そして一度大きく体を痙攣させると、それっきり、警部補はひと言も喋らなくなった。


「なんてことだ! 死んでいるッ!! すぐに救急車を呼ぶんだ!!」
とニャジラが言い、ようやく目を覚ましたタマ巡査がすぐに119番をダイヤルした。


「う、うう……僕の……僕のせいですぅ。。。」モモ巡査長は大粒の涙をぽろぽろとこぼした。


「気にするな……仕方なかった……。
 誰かが犠牲になるしか……なかったんだ……」肩を落とし、ニャジラが呟いた。


「正義とは一体、何なのだろうか……」タマ巡査は夕日を見つめ、拳を固く握りしめた。


やがて、救急車のサイレンの音が三匹の耳に聴こえてきた。


チャメンマ警部補が担架に乗せられ、ニャジラとモモ巡査長が付き添いとして救急車に乗り込んだ後も、タマは夕日を見つめていた。


そうして夕日がゆっくりと沈んでしまうまで、決して目を逸らさなかった。


ーー Fin ーー