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けろっぴ NEXT DOOR!

ケロ田ゲコ蔵こと "けろけろけろっぴ"京王多摩センター駅にあるバー「ピエロとピュア」の扉を開けたのは、かれこれ4時間以上も前のことになる。


何杯目になるかもわからないマティーニを飲み干し、けろっぴはバーのマスター "たあ坊" に向けて空のグラスを二度、三度と振って見せた。


たあ坊はうんざりといった様子で首を振り、冷たい水をコップいっぱいに注いでけろっぴの目の前に置いた。
けろっぴはしばらくの間コップを凝視していたが、やがてたあ坊を睨みつけ、「こいつはなんだっぴ!!」と叫んだ。


たあ坊は沈黙したままけろっぴを見据えている。その目は驚くほど冷たい。


「ミーは酒を頼んだんだっぴ!! こんなものいらないっぴ!!」
けろっぴは両手を握りしめて振り上げ、思いきりカウンターに叩きつけた。
衝撃でコップの水が波立ち、カウンターに染みをつくる。
相当酔いが回っているのだろう、けろっぴは身体を左右にゆらゆらと揺らしている。


「大人になるんだ、けろっぴ」こぼれた水を拭き取りながらたあ坊が諭すように言う。


けろっぴは身体を揺らし、うつむいたままだ。ひょっとしたら眠ってしまっているのかもしれない。たあ坊はため息をついて水の入ったコップを下げた。



雨のせいだろうか、今日は客足が良くない。


泥酔したけろっぴに "ゴロ・ピカ・ドン" 三兄弟、そして "おさるのもんきち" がいるだけだ。


もっとも、最近はサンリオ全盛時代の仲間たちが店を訪れることはめっきり減ってしまっている。雨のせいだけとは言い切れないだろう。たあ坊は壁にしつらえられた額縁、そこに書かれた言葉を寂しげに眺める。



『 Life is a tragedy when seen in close-up,
  but a comedy in long-shot. 』



「よぉ、けろっぴさんよ。仕事がねぇぐらいで落ちこんでんじゃねぇゴロ。
 こちとらぁ、お前さんの比じゃないぐらい暇なんだゴロからよ」


「まったくだピカー、もう一体何年ピューロランドに営業しに行ってないことやら……」


「ま、俺らには場末の温泉街での営業がお似合いってこったドン、おめぇさんも一緒に連れてってやってもいいドンよぉ〜。来週はストリップ劇場だドンけどなぁ!」


ゴロ・ピカ・ドンは顔を見合わせて汚らしい笑い声を上げた。
聞こえているのかいないのか、けろっぴは依然スツールの上で身体を左右に振っている。


たあ坊はこの手の自虐的な笑いというものが大嫌いだった。

なぜこんなことになってしまったのだろう?


俺たちはサンリオの黄金期を共に過ごした仲間じゃないか。
過去の栄光と揶揄されたっていい、俺たちはサンリオキャラクターとしてもっと誇りを持つべきではないだろうか? 


「おやっさん、ウイスキーもっと持ってきてゴロ!」


たあ坊はやるせない気持ちでゴロ・ピカ・ドンの座るテーブル席へバーボンを持っていった。

「おやっさんはいいピカねぇ、副業がうまくいって……」ピカが上目遣いでたあ坊を見る。


「……俺は必ず戻ると決めている。その為に店の名前を "ピエロとピュア" にしているんだ」

言い終わらないうちにたあ坊は三兄弟に背を向けカウンターへ戻った。



サンリオファンならご存知のように、ピエロとピュアという言葉は「ピューロランド」の語源である。
たあ坊自身も最近はめっきり出番が減ってしまったが、それでもあの舞台に帰ることを諦めたことなど一度としてない。


「……理由はそれだけじゃないだろう?」と、けろっぴの3つ隣のスツールに座るおさるのもんきちがウォッカのグラスを見つめながら呟いた。


その目は遠い過去を覗いているように見える。


「俺たちが散らばっちまわないように……心を繋いでおくために……あんたはこの店をピエロとピュアと名付けたんだ」
もんきちは一息でウォッカを呷ると、バナナを2本置いて席を立った。


「釣りはいらないぜ」そう言ってもんきちは扉のほうへと歩き出す。



けろっぴの後ろを通り過ぎる際、「もう遅い、なんてことはないんだぜ」と言ってけろっぴの肩をポンとひとつ叩くもんきちの様子を、たあ坊もゴロピカドンの三兄弟も不思議そうに眺めていた。



「え……?」けろっぴはかすれたような声を上げてもんきちを振り返る。



もんきちが扉の取っ手に手をかけたその時だった。




勢いよく、扉が内側へ開かれた。




扉の外に立っている人物を目にしてもんきちが口の端を上げる。



「ったく、びびらせるなよな……キティ



キティは店内にいる面子を見渡すと、「久しぶりね、みんな」と言って微笑んだ。
その笑みに思わずたあ坊の頬がほころぶ。


「アイドルの登場だゴロ〜!」三兄弟も嬉しそうである。


「こりゃあもう少しだけ長居したほうが良さそうだな」キティを中に入れながらもんきちも笑う。


唯一、けろっぴだけが身体をこわばらせ、握り合わせた自分の手に視線を落としていた。


その様子は緊張しているようでもあり、怯えているようにも見える。
どうやら酔いは完全に醒めてしまったらしい。


「……けろ君も、いたんだね」キティは努めて明るく声をかけたが、けろっぴはうつむいたまま、「ひ……ひさしぶりだっぴ」と言うのがやっとであった。


けろっぴとキティのこのやりとりにたあ坊も首をかしげていたが、実はけろっぴには誰にも話していない、ある秘密があった。



話は1年前に遡る。


けろっぴはドーナツ池のほとりで、キティに愛の告白をしていたのである。


誰もが知る通り、けろっぴには "けろりーぬ" という名の彼女がいたのだが、キティに対し長年に渡り秘め続けた感情をけろっぴは抑えることが出来なかったのだ。



『みみみみみみみ、ミーはききき、きみのことが、す、すすsすすすsssすすs、すきなんだっぴぃーーーーーーーーーー!!!』



あの日の光景がまざまざと甦ってくる……
元々赤みの差すけろっぴの頬は、忌まわしき過去の思い出によって今やマグマのような熱を帯び始めていた。


『ごめんなさい……。私、カレが……』


思い出は絶望となってけろっぴの肩に重くのしかかっていた。

あの日以来、けろっぴは心を閉ざしてしまったのである。

落ち込むけろっぴの様子は、何も知らない仲間たちには「ピューロランドでの仕事が激減して落ち込んでいる」ものとして映ったのだった。


「げ、元気そうだっぴね……」けろっぴは頭の中を駆けめぐるあの日の像をかき消そうと、無理矢理キティに話しかける。

「うん……けろ君はどうしてたの? この……1年間……」

けろっぴの隣のスツールに腰を下ろし、キティが聞く。
自然に話そうと努力するものの、その声にはある種の不自然が目立つ。



「み、ミーは、その……」そこまで言ってけろっぴは黙り込んでしまった。


心配そうにけろっぴの顔を窺うキティの視線を避けるかのように、けろっぴは両手で頭を抱える。


地の底へと落ちてしまいそうな沈黙に耐えかねたように、ゴロとピカが茶化そうと声を上げた。
「こ、ここで毎日飲んだくれてんだゴロよなぁ〜〜あ、あはははは……」
「今日もかなり飲んでたから、き、気分でも悪くなったんじゃないピカ〜?☆」


しかしけろっぴは頭を抱えたまま微動だにしない。


「そうだキティ、ダニエルの奴を最近見ないんだが、元気でやっているのかい?」
話題を変えようとたあ坊がキティに尋ねたが、キティは視線を落として静かに首を振る。

ダニエルとはキティの幼馴染みであり、彼氏である。



「わからないわ……私、彼とは……別れたから」



キティのその発言に一同は驚く。

けろっぴも思わず顔を上げキティの横顔を見た。


「どうして……。奴と何かあったのか? あ、いや……すまない。野暮なことを聞いて……。今のは忘れてくれ……」もんきちが軽く頭を下げる。


「いえ、いいのよ……彼には何の問題もないんだから……問題があったのは私のほう。
 私……私は……ふしだらな女なのよ。
 みんなが思っているような女じゃないの……
 私ね……ダニエルがいながら……他の人のことを、好きになってしまったのよ……」



再び沈黙が店内を満たす。



「それは……いつの話なんだっぴ?」まるで独り言を呟くかのような小さな声でけろっぴが言う。

あるいはそれは本当に独り言だったのかもしれないが、キティは小さく「……ちょうど1年前」と答えた。


「他の人って、い、一体相手は誰なんだゴロ〜??」


「おい、そいつを聞くことこそ、野暮ってもんだドン」ドンがゴロを肘で突く。


「いいのよ。実はね、今日、その人とここで待ち合わせているの……」とキティ。



「え?!」一同は顔を見合わす。




「もうすぐ、来るはずよ。みんな、驚かないでね……」



手が震えている。
けろっぴはきつく目を閉じ、呼吸を整えることに専心した。


たあ坊はカウンターに入り、自分のためにスコッチを注いだ。
もんきちが人差し指でコツコツと二度カウンターを叩くので、たあ坊は彼にもスコッチを注ぐ。


もんきちはキティのほうへグラスを傾けて見せたが、キティは黙って首を振った。



時間にして5分程であったが、その場に居合わせた全員がその5分間に永遠を感じずにはいられなかった。


みな、黙って自分の酒を飲んだ。




そして5分後、扉は静かに開いた。




全員の視線が扉を開けて入ってきた人物に集中する。



焦点が合うと同時に、戦慄にも似た寒気が各自の身体を這っていった。



「なッ……お、お前は……!!!」
思わずたあ坊が叫ぶ。



「俺は、夢でも見ているのか……?」
グラスを落としそうになるもんきち。



「う、嘘だろゴロ……?」
固まる三兄弟。



「……っぴいいぃぃぃーーーー!!」
けろっぴの絶叫。





「待たせたな、キティ・・・・・・」


野太い、不協和音が混じり合った声。






声の主は、"ハンギョドン" であった。





「もう、遅いよぅ」キティが甘い声を上げてハンギョドンのそばへ寄る。


「ふ、すまんな。FBIの会議は長くてかなわん」
ハンギョドンはキティの肩を抱く。その挙動の自然さに目が奪われる。


ハンギョドンは店内にいる旧友たちを見渡し、一礼した。


「ピエロとピュアか……いい店だな、たあ坊」

「あ、ああ……ありがとう……。本当に久しぶりだな、ハンギョドン」


「正直、存在も忘れてたゴロ」


「お前に言える台詞かよ」もんきちが呆れたように言うと、ハンギョドンは低い笑い声を上げた。



けろっぴが一人でいるのを目にして、ハンギョドンが首をかしげる。
「けろりーぬはどうしたんだ、けろっぴ?」


「けろりーぬ……?」
けろっぴは身体を硬直させ、ハンギョドン、そしてキティへと視線を送る。


何故だかはわからないが、涙があふれてきた。


「お、おい……どうしたんだゴロよ、けろっぴ?」

「……けろりーぬ……ミーは……な、なんてことを……」

けろっぴは流れ落ちる涙をぬぐおうともせず、顔をくしゃくしゃにして泣き続けた。



みな、言葉を失ってけろっぴを凝視していたが、もんきちだけがけろっぴのそばへ歩み寄る。



けろっぴの肩に手を置き、「言っただろう? "もう遅い、なんてことはない" ってな」と囁き、そのまま扉のほうへと歩き出す。


「お、おい、もんきち……?」
たあ坊が声をかけるが、もんきちは軽く手を振って扉を開けた。

「今日は長居しすぎちまった。すまないが、スコッチ代はつけといてくれ。 それと、けろっぴ……」


けろっぴは視界のぼやけた目でもんきちを見る。


「けろりーぬなら、マイメロディ岬で見かけたぜ」
そう言ってもんきちは扉を閉める。


「……! ま、待ってっぴ!! まさか……き、きみは全部知って……」
勢いよく席を立ち、けろっぴは駆け出す。


「お、おいけろっぴ!どこ行くんだピカーーっ?!」



マイメロディ岬っぴ!!!」



けろっぴは叫びながらキティとハンギョドンの横を通り過ぎる。


一瞬、キティと目が合った。


自分でも驚いたが、けろっぴは自然とキティに笑みを投げかけていた。


キティも、にこりと微笑み返す。



「ありがとう……さよなら」
小さく呟いたけろっぴの言葉は、キティに届いただろうか?



扉は閉まる。



店内に再び沈黙がおりたが、不思議と居心地の良さを感じる。


「まったく……若さってのは、いったい何なのかねぇ」たあ坊が美味そうにスコッチを呷る。くすくすとキティが笑った。


「何が何だかさっぱりだゴロよぉー。。。」


「なあ、あれはたあ坊が書いたのかい?」ハンギョドンがドライジンを片手に言う。


「ああ、そうだよ」たあ坊はハンギョドンの目線の先を見る。



壁に掛けられた、額縁。



「いい言葉だ」

「だろう?」



『 Life is a tragedy when seen in close-up,
 but a comedy in long-shot. 』

(人生はクローズアップで見れば悲劇 ロングショットで見れば喜劇)


「なあキティ。ひとつ、教えてくれないか?」


「ん? なあに?」キティはたあ坊の顔を見つめる。


「どうしてハンギョドンに惚れたんだい?」


「おいおい何だよたあ坊、俺じゃあダメだってのかい?」ハンギョドンが苦笑する。


「いや、そんなつもりで言ったんじゃないよ。その……あまりにも意外に思えたからさ」


「ふふふ。いいわ、教えてあげる」


「……何だか恥ずかしくてかなわんな」ハンギョドンは顔を赤らめる。




「私が彼に惹かれた理由。それは、彼が……」



キティはハンギョドンの横顔をしばらくの間見つめていたが、

やがてハンギョドンの肩にそっと身をもたせかけ、こう続けた。





「お魚だから……」



 
けろっぴ NEXT DOOR
   〜 Fin 〜