書評*スベラウヌ・オットケ『ロスカスタニエ』

久しぶりに自宅が燃えているにも関わらずページを捲る手が止まらなくなる小説に出会い、家が全焼した。どこも混雑するゴールデンウィークにかつて自宅だった場所で読書に耽るのも良いかと思い、ドイツの作家スベラウヌ・オットケの『ロスカスタニエ』をご紹介したい。

 

ちなみに当ブログで小説の紹介をするのは『1Q84』対談以来、実に6年ぶりとなる。限りある時間を思い切って捨ててみたいという方にはオススメの対談となっているので、下記リンク↓も合わせてご覧いただければ幸いである。

 

 

 まずは日本には馴染みがないであろう作者スベラウヌ・オットケの簡単な来歴を紹介しよう。オットケは母国ドイツの文学賞「ディ・ナオキダス(日本で言うところの直木賞)」を史上最年少で獲得後ロシアへ渡り、以来13作の長編小説をロシア語で発表し人気作家となる。2015年にはロシア最大の文学賞「ゴッパリャーナネギンチャ(日本で言うところの野菜ソムリエ最高賞)」を獲得し『ロシアの佐田武史』と呼ばれるようになるが、佐田武史氏が日本でもまったく知名度がなく何者なのか一切不明な為、オットケ本人も長ねぎを模した高さ3メートルのトロフィーを眺めながら困惑しているという。

 

今回取り上げる『ロスカスタニエ』はオットケの長編11作目にあたる小説であり、本作はロシアのノヴゴロド(東京で例えるなら三鷹市)在住者の6人に1人が買ったと言われるヒットを記録した。

 

オットケの全作品に対して言えることだが、『ロスカスタニエ』はいわゆる幻想小説である。車でロシアの片田舎を走っていた青年がひょんなことから木星人の誘拐を決意、ペーパーナイフを握り締めロシアの宇宙科学省に乗り込んだ青年が見たものは巨大化したコーヒー豆だった。その巨大コーヒー豆には最近気になるブラジル産コーヒー豆の彼がいて……という筋立てだ。一見突拍子もないストーリーにも見えるが、これが最後まで納得いく説明がないまま物語が進行するのでなんかもう逆に気持ちが良い。

 

 オットケは比喩表現もなかなかこなれており、「岩肌はガスボンベのように艶やかで、僕の指先はその亀の甲羅を思わせる滑らかな表面を求めて微かに震えた」や「まるで陸に打ち上げられたガスボンベのような亀だ。クソ!このいまいましいガス亀ンベめっ!!」と、全編通してガスボンベあるいは亀が通奏低音として配置され作品を支えている。これにイラ立たないようなら本作は間違いなく買いだろう。ちなみに私は第2章の途中で限界が来て1度ブックオフに売っている(その日のうちに100円棚で買い戻した)。

 

 全98章からなるボリューミーな作品ではあるが、多くのロシア文学と同じように登場キャラクター名が長く、かつあだ名や前世の名前でも表記されるので小説の半分は人名で埋まっていると思っていただいて構わない。例えば本作の主人公ヒョードル・ヴィトゲンシュテイン・アサショリュのあだ名は朝青龍だし、前世の名はドルゴルスレンギーン・ダグワドルジといった具合である。正直、前世での名前を書かれると誰が誰なのかサッパリ分からなくなるのだが、それは作者も同じようで、度々青山真治なる人物が子供を産んだり小学校へ入学したり銀河パトロールの提督として木星にメガ粒子レーザー砲をブッ放したりと、一部破綻もきたしている。

 

 しかし、本作はこうした粗を探しても意味がない。あとがきで作者のオットケ本人が「今回ばかりは見逃してちょ」と平謝りしているからだ。そうした小説的破綻を気にせず読み進め、ラスト一行に記された「中巻へ続く」の大文字にも面喰らうことなく本作を持ってブックオフへ入店した時、あなたは何の心残りもなく20円での買い取りを了承するはずだ。

 

 その20円は100円を足せば自販機でコーラくらい買える値段だろう。

ぜひ、喉を潤してほしい。

 

ちなみに本作『ロスカスタニエ』は残念ながら未だ日本語未翻訳のようである。私のようにロシア語がまるっきり理解できないのに「ロシア文学を原文で読む俺」像に憧れがあるなら、原書で購入していただきたい。

 

終わりに、スベラウヌ・オットケの近況を記しておこう。母国ドイツへ帰国したオットケは2016年初頭から始めたダイエットで約3.5kgの減量に成功。好物である春華堂うなぎパイがカロリーを気にせず食べられるのが嬉しいとのこと。最近犬も飼い始めた。

 

実にどうでもいい。

 

〜了〜