キッズ・リターン 〜黒板消しとクラス内ヒエラルキー

小学6年生で転校した時、これは何か特別なインパクトを持ち込まなければクラスに馴染めないのではないかという危惧があった。


相手にするのは「俺らこの小学校で6年間過ごしてはりますわww」みたいな自負を持つ、年季の入ったキッズ達だ。6年という歳月の中で築かれた人間関係、仲良しグループに新人が入っていくのは容易ではない。

どうすればナメられず、自然にクラスに溶け込めるか……考え抜いた末に俺が導き出した手が、『ポジションの導入』であった。


転校生がまずしなければならないのは、クラス内でのポジション取りだ。

スポーツ万能、絵が上手い、頭がいい……小学校のクラスにはこうしたポジションに着いている奴が必ずいるものだ。6年生ともなれば、このような能力の優劣によって生まれたヒエラルキーはすでに確立されきっているだろう。俺には『運動・美術・頭脳』の3つが完璧に揃っていたが、アウェーのリングでクラス内ヒエラルキー上位層とぶつかるのは不利だと判断した。すでに存在しているポジションを取り合う事になった場合、揉め事へ発展していく危険性が大いにある。

つまり俺には「新人風情が調子に乗りやがって……」などと思われるようなリスクの無い、まったく新しく、かつ友好的に迎え入れられるようなポジションを持ち込む必要があったのだ。


そのようにして思いついたのが、『黒板消しマスター』というポジションであった。黒板消しという誰もが嫌がる地味で面倒な作業を、率先して誰よりも素早く奇麗にこなしちゃう奴……このポジションならクラスメートと対立することもないし、みんなからも喜ばれるに違いない。今日から俺は校内で一番黒板消しが速くて上手い男になるんだ…!!!そう誓ったのを今でも覚えている。



自宅にも黒板と黒板消しを導入し、もっと効率よくスピーディーに黒板を消す方法はないかと研鑽を積むうち、俺は誰もが認める黒板消しマスターの称号を得るに至った。友達もでき、クラスメートだけでなく先生方の信頼も得て目標は見事に達成されたが、その頃にはもう俺としては友人や周囲の評価など眼中になかった。もっと黒板を奇麗に速く消したい、もっともっと納得のいくプレーがしたい……その想いだけが俺を激しく突き動かしていた。


「3組の転校生は日本で1番黒板消しが上手いらしい」……噂は校内にも広がり、休み時間には他クラスから「うちの黒板もお願いしたい」と依頼されるようにもなった。自主トレ、実戦合わせて、おそらく1日24時間のうち18時間は黒板を消していたと思う。友人達が射精を覚えて自慰にのめり込む間も、俺は勃起したままひたすら黒板を消し続けたのだ。


黒板消しを極めんとする修行の日々を過ごす中で、プロにならないかという誘いも数多くいただいた。企業と契約し、スポンサーロゴの入った黒板消しを使ったり、全国の小学校へ黒板巡業するのが主な活動内容だ。俺はこれを2つ返事で了承し、日本で最も黒板消しで稼ぐ小学生と謳われるようになったのである。


すべてがうまくいっていた。黒板消しで俺の人生は変わったのだ……!!

しかし、天才の名をほしいままにした俺の黒板消しマスター生活は、2学期の始まりと共に終焉を迎えることになる。



夏休み明けの始業式、隣のクラスに転校生が、それも強烈なポジションを持ち合わせた転校生がやってきた。『マジシャンマスター』……それが転校生の異名であった。


とんでもない才能を持った天才マジシャンが転校してきた!! その噂は瞬く間に広がり、俺も友人に連れられて休み時間に隣のクラスに様子を見に行った。そこで繰り広げられていたマジックは想像を絶するものだった。


「ハイ!みなさん黒板にご注目ぅ〜!!」


天才マジシャン転校生はドヤ顔で観衆に呼びかけていた。「新人風情が調子に乗りやがって……」ひと目見て、俺はそいつのことが嫌いになった。


しかし、マジック野郎が「これから黒板を消してみせましょう!!」などとのたうち回ってから巨大な白い布で黒板を覆い、指をパチンと鳴らして布を取ったらアラ不思議!!? 


さっきまで確かに存在していた黒板がないではないかッ!!!!!!


俺はド肝を抜かれ、絶句した。


こいつ……


本当に黒板を消しやがった……!!!



奇跡を目の当たりにして拍手喝采の観衆たちから、「いよっ!黒板消しの天才ッ!!!」というヨイショが響く。その言葉は決して誇張ではなかった。あいつは、本当に黒板消しの天才なのだ……。


マジックのお披露目の後、他クラスの生徒である俺たちはマジシャン転校生に1人ずつ自己紹介をした。みなが順に「サッカークラブでキャプテンやってる野沢ッス」「遠藤です。今度都の小学生芸術コンクールがあるんだけど、僕の絵画も出展されるんでよかったら見にきてよ」と挨拶する中、とうとう俺に番が回ってきた。


しばしの間、黒板消しの天才とじっと目を合わせ、

やがて満面の笑みを無理やりつくりだして俺はこう言った。



「ネコ好きの清水です」



その晩、俺は自宅の黒板消しを撤去した。



〜 完 〜