マイ・ブルーベリー・ナイツ

私の煎れたコーヒーをひと口すすり、真奈美は目を細めた。
「とても美味しいコーヒーね」

「ありがとう」安物のソファに腰を落ち着けた真奈美に目をやり、私は再び自分の作業に集中するべく指先に神経を注いだ。

「ねえ、アメリカ君も座りなよ」真奈美はそう言って腰を浮かし、ソファの端へと移動した。
私は地べたに座りこみ、ブルドックソースを空のペットボトルに移し替える作業に没頭していた。
「どうしてそんなことをしているの?」真奈美は首を傾げて私の行動を見守っていた。手にしたマグカップを手持ち無沙汰にゆっくりと回転させている。

私は一息つき、額に滲んだ汗を、そばに置いてあった靴下でぬぐった。

「それは難しい質問だな……。しかし、こうすることで、空のペットボトルにも意味が生まれる。そうだろう?」
「でも、今度はブルドックソースの容器が空になってしまうわ
「たしかに。しかし、その場合はこうすればいいのさ
そう言って私は立ち上がり、空になったブルドックソースの容器をゴミ箱に捨てた。
真奈美は私の行動をEXILEの面々に混じった温水洋一を見るような、慈悲深い表情で見つめていた。


私はほふく前進で真奈美の座るソファまで進むと、その場で一旦逆立ちをし、そのままソファへと勢いよく倒れ込んだ。反動で真奈美のマグカップからコーヒーがこぼれ、私の顔にかかった。
「きゃっ、ご、ごめんなさい! アメリカ君、大丈夫?!」

私はソファからずり落ち、顔面から湯気を立ち昇らせながら真奈美に向かって親指をおっ立てて見せた。
「心配いらないさ。よくあることだ」私は着ていたシャツで顔を拭き、改めてソファに座り直すと濡れたシャツを脱ぎ、とりあえずスカーフの要領で首に巻いた。
私が上半身裸になったからか、真奈美は目のやり場に困ったように照れ笑いをして、マグカップの底を見つめていた。



部屋は沈黙に包まれた。



私は真奈美の顔を見つめた。
真奈美も、私を見つめ返した。
真奈美の瞳は心なしか潤んで見えた。
半開きになった口が微かに震えていた。
耳をすませば、真奈美の呼吸の音が聴こえそうな気がした。



しかし、実際は意識を集中するのもままならなかった。



私の部屋のすぐ外、ドアの前で、ラーメンの屋台がラッパを吹き鳴らして客の呼び込みをしていたからだ
どうしてラーメンの屋台がマンションの内部に入ってきて営業をするのか、私にはさっぱり理解できなかった。隣の部屋のドアが開く音が聞こえ、屋台で塩ラーメンの大盛りを注文する声まではっきり聴こえた。


「アメリカ君……」消え入るような声で真奈美がつぶやいた。
もう言葉はいらなかった。


私は真奈美を力強く抱きしめた。



玄関の外で隣の住人が激しく塩ラーメンをすする中、私と真奈美はベッドの中でひとつになった。

「塩ラーメン大盛り、おかわりッ!!」

隣の住人がそう声高に叫ぶのが聴こえた。

どう考えても食い過ぎだ。



そして私は、塩ラーメンのことを考えながら、

挿入後23秒で果てた。


〜了〜