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元無職日記 その3

クライアントと広告代理店が、「マーケティングに関するブログを書かれてるんですね。とても興味深いです」「ははは。このブログも開設からもう2年ほど経つんですが、長く続けてると名刺代わりになるんですよね。ブログに書くことがそのまま私のアイデンティティになるんです」と盛り上がる中、「ブログとかやられてます?」と聞かれ

 

「やってません」

 

と満面の笑みで即答した俺、頬の筋肉がつる限界だった。

 

【元無職日記 その3】

 

【7月30日(土)】隅田川花火大会の観覧客によって家周辺がざわつき始めている。窓からそっと様子を窺ったら、家の周りを浴衣カップルに占拠されててすぐさまカーテンを閉めた。大丈夫、食料は溜め込んである……しばらく騒音が続くが、ゾンビに占拠された街の生存者の気分を味わえてちょっとお得だ。いやお得じゃねぇ。

 

【7月31(日)】カップルが「あ〜! 夕立ちの匂いがする〜♪」「俺この匂い好きなんだよね」とキャッキャしてたので、「ああぁぁあぁあ!しまった! 屁を!! 屁をこいてしまった!! 勢いで実も!! 実も出てしまったッ!!!」と叫んでやろうかと思ったよ。……まぁ、実際漏らしてたんだけどさ。

 

【8月2日(火)】友人が「最近夜な夜な何かを削る音が聴こえてさ。家買って早々幽霊かよとか心配してたんだけど、ようやくその原因が分かったわ。嫁さん。嫁さんが夜中に彫刻刀で家の柱削ってたんだよw 笑っちまうだろ?」と納得しながら話していたが、それ、幽霊の可能性のほうがまだ心穏やかに暮らせるんじゃないかな?

 

【8月4日(木)】よく利用する喫茶店では軽やかなオルゴールミュージックが流れているのだが、童謡『おもちゃのチャチャチャ』をバックにおじさん達が「……あれだけミスが多いと問題です。クビにするなら早いほうが……」「君もそう思うか……」と話し込んでて、違和感がハンパない。

 

【8月5日(金)】歌舞伎町を歩いてたら、口の周りを血で染めたチャラ男が「当店『スタジオズブリ』では、男根を咥えこんだら離さない魑魅魍魎のもののけ達が腰を振り大暴れ!! 共にイキ果てよう! 会いにイクよ! スケベ椅子に乗って!!」とヤケクソで叫んでて、思わず「生きろ。そなたは美しい」と声をかけてしまった。

 

【8月6日(土)】近所のラーメン屋の店主に「悪いけど今日は夏バテしてるから冷やし中華以外作れないよ。ほら、夏バテしてるから……」と言われ、どんな理屈だと抗議したのだが、奥さんに「ごめんなさいね。あの人、具材を誤発注しちゃって……」と平謝りされて自分でも驚くほど澄んだ声で「冷やし中華!」と頼んだ。

 

【8月7日(日)】ファミレスで高校生らしき運動着の兄ちゃん達が「気にすんなって。正直今はお前を許せねぇけど、これが10年、20年て経ったら笑い話になるんだから」「そうだぜ。あのミスで試合に負けて今は腹が立ってしょうがないけど、時は全てを癒してくれるって!」と仲間を励ましてて、「新しいな」と思った。

 

【8月8日(月)】私のデザイン案がコンペを通った。再就職後の圧倒的な努力が実を結んだ、当然の結果である。男たるもの仕事に生きなければダメだ。がむしゃらに、真っ直ぐに。そうすれば結果は必ずついてくる。つい先日『無職日記』などという電子書籍を発売した人間の発言とは思えないって? アレは私の、黒歴史だ……。

忘れてほしい。

 

【8月9日(火)】カップルが「隣の客はよくきゃききゅう……もぉ〜、笑わないでよぉ〜! コウ君は言えるのぉ?」「当たり前じゃん。The customer next to me eats a lot of persimmons.」「流暢〜♡ さっすが帰国子女!」とかやってて、前のめりにブッ倒れそうになった。

 

【8月10日(水)】これがスーパーエリートの宿命なのだろうか? 激務の末、深夜の帰宅となった。だがこの充実感は何だ……? 自分の手がけたデザインが認められる喜び。残業が何だと言うのだ。じきに盆休みじゃないか。頑張りどころで努力しないでどうする。そう、盆休み……その言葉が私を突き動かす。それがなければ、鉄パイプで会社の窓を叩き割っていたところだ。まぁ、タイムカード押す前に割ったんだけどさ。

 

【8月11日(木)】「……とりあえず俺の気持ちは伝えたから!あ、返事は休み明けでいいよ。マナちゃんに彼がいんの知ってるし。夏休みの宿題ねw」と言ってダッシュで去る男の背に向けて女の子が「あのっ! あたしその彼と卒業後に結婚するのぉー!!」と叫んでて、速攻で宿題を片付けてた。あとは夏休みを満喫するだけだ。

 

【8月12日(金)】コンビニ前にたむろしてるガラの悪い連中が「この人の列、コミケだとよww」「うわ、キモイな〜ww」とスマホを見てゲラゲラ笑っていたのだが、1人が「……お前ら、タツジ先輩がひやかしでコミケ行ってどうなったか忘れたのか? あの人アレ以来常連だぞ」と発言するなり重い沈黙に覆われてしまった。

 

ここ最近の総括

9ヶ月間の無職生活にも適応すれば、

社会復帰後の激務にも即適応してみせる。

この生命力こそ、

スーパーエリートの証だ。