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初恋のきた道

物語・短篇 ノスタルジー

夏になると思い出す女がいる。


彼女は小学校の教諭で、俺のクラスの担任だった。生徒と教師という関係でありながら、彼女は夏休みに入る前の放課後、俺を職員室に呼び出しこんな怪しい話を持ちかけてきた。「この本を読んで、400字詰め原稿用紙2枚に感想を書いて新学期に提出しなさい……」俺は今でも微かに湿って光る彼女の唇の動きや、シャツの間から見え隠れする胸の深い谷間、その淫靡で濃厚なオンナの香りを思い出すことができる。


「アメリカ君はこないだ学校を休んだでしょう? だから夏休みの宿題のことを伝えておかなきゃと思って」と先生は話していたが、それが俺と二人きりで話すための口実であることは、彼女の潤んだ瞳を見れば明らかだった。俺がタンスの角に足の小指をしこたま打ちつけたショックで学校を休んでいる間、彼女は気が気でなかったのだろう。俺よりずっと長い時間を生きても、人は恋の病に心を惑わされるのだ。

もう少し先生と話していたかったが、俺は下腹部に正体の掴めない熱いうごめきのようなものを感じ、本を受け取って前屈みのまま職員実を出た。(な、何なんだ、これは……?!)驚くべきことに、パンパンになった俺の半ズボンは滝を昇る鯉のように真上に向かって隆起していた。


そのようにして、俺の夏休みは幕を開けた。


バケーションが始まってしばらくの間は先生のこと、とりわけその胸の膨らみが脳裏から離れなかった。なぜ、俺は彼女の連絡先を聞かなかったのか……自分のツメの甘さを悔やみ、眠れぬ夜もあった。しかしそこは小学生だ、次第に俺の頭の中は「海」や「クワガタ」、「カブトムシ」に「お祭り」といったワードで埋められ、先生のことは頭の片隅へと追いやられていった。

まるで大型観光バスが紐なしバンジージャンプをするような調子で、あっという間に夏休みは過ぎていった。8月が終わる頃になると再び先生のことを想う時間が増え、早くこの日に焼けた体を彼女に見せてやりたいと考えるようになった。彼女に会ったらなんて声をかけよう? 「おはようございます」あたりが無難だが、それでは少々味気ない。それに俺たちの仲で今さら「ございます」なんて言い回しを使うのも妙だ。スマートに「おはよ!」でいってみるか? 片手を上げたりなんかして……


夏休み明けの初登校日、俺は誰よりも先に学校へ行き、職員室へ向かった。彼女はデスクで書類を束ねているところだった。少し日に焼けた先生の体は、夏休み前より引き締まって見えた。「よっ、おはよ!」片手を彼女に振る動作が自然に映ることを祈りつつ、俺は先生に声をかけた。一瞬眉がぴくりと動いた後、「お、おはよう……アメリカ君」と先生は言った。「休み前より奇麗になったね」と伝えたかったが、その言葉はどうしても口にすることが出来なかった。下腹部に再びあの日の熱いうごめきを感じて、調子が狂ってしまったのだ。

「読書感想文はちゃんと書いた?」彼女のその言葉を聞くまで、俺は本のことなど奇麗さっぱり忘れていた。いくら彼女のお願いといえど、夏の各種ベントに比べたら読書はあまりにも地味過ぎる。とはいえ本音をありのままに伝えたら彼女も悲しむだろう、そこで俺は気の利いた言い回しで安心させてやる方法を選び、こう言った。「いや、まだ読んでもいないさ……俺は、お楽しみは最後まで取っておくタイプなんでね……」もちろん、ウインクつきだ。


しかしどういうわけかこの対応は彼女の逆鱗に触れたらしい。先生は意地の悪い誘導尋問によって俺が他の宿題にもまったく手を付けていないことを探り出すと、それまでの態度を一変させ説教を始めたのだ。それは俺が人生で初めて経験した女のヒステリーだった。


だが、正直に言えば、俺は眉間にしわを寄せ口を尖らせる彼女の仕草にある種の興奮を覚え、また彼女の口から発せられる叱責の言葉に快感を得てもいた……。(辛抱たまらん…!!!)前屈みになりながら、ちらちらと見え隠れする日に焼けた先生の胸の谷間に必死に目をやりつつ「すいませんすいません」と俺は頭を下げ続けたのだった。


そしてその晩、俺は雷に打たれた直後にジャンボジェット機に体当たりをかまされたような、


激しい精通を経験した。


〜了〜