続・名探偵ポームズ 『夏の大事件』

※ポームズのこれまでの事件については過去記事
http://d.hatena.ne.jp/America_Amazon/20101129 )をご参照ください。


ひとつ以上の人生を生きる者は、
ひとつ以上の死を迎えなければならない

 ーーー『レディング牢獄のバラード』 オスカー・ワイルド


* * * * * * * * * * * * * * 


その不可思議な事件は東京都内と横浜の2つのマンションを舞台に同時に起きた。

同時に、というのは、被害者である近藤 洋子と井上 清香の死亡推定時刻が一致するのはもちろんのこと、2人とも密室状態のそれぞれのマンションの部屋で同じブランドのまったく同じ服と同じ腕時計を身につけ、背中を刃物でひと突きされ、自らの血を使ってあるメッセージを残して死んでいたからだった。『そうめんを 授業中に 食べる犬』。それが2人が残したダイイングメッセージであった。しかし、奇妙なのは2人の死亡状況だけではなかった。配置こそ違えど、被害者2人の部屋に置いてある家具、電化製品、壁にかけられた絵画、日用品のすべてまでがそっくり同じものだったのだ。

密室、同じ服装、同じ死因、同じダイイングメッセージ、意図的に用意したとしか思えない家具類の一致、以上の点から警察はこの2つの殺人は関連性のあるひとつの事件として捉え、捜査を開始した。その後、被害者の2人は面識が一切ないと断定され、事件はその謎を一層深めた……



私が耳を塞いで「ポームズ探偵事務所」のデスクに突っ伏し、ポームズが来客用のソファをナイフで切り刻みながら声を張り上げてドナドナを歌っていた頃、救いの手とも呼べる電話は鳴った。

耳を塞いでいたせいで始めそれが電話のコールだと気づかなかったのだが、ポームズが執拗に「ドナドナドーーナーーーデンワーーーー」と雄叫びを上げるので、ようやく私は受話器を取った。

「は、はい、ポームズ探偵事務所……」なおもポームズは声の限り絶叫にも近い感じでドナドナを歌っていたため、私は片耳を強く塞いで電話に出なければならなかった。

「おお、ワトソソン君かね! 目々暮だ!」

電話の相手は警視庁刑事部捜査第一課の目々暮(めめぐれ)警部だった。
警部とはこれまでにも何度か共に仕事をしたことがある。

「実は、ポームズ君に協力を願いたい難事件があってね……」



目々暮警部から聞いた事件のあらましを伝えると、ポームズは歌うことをやめ部屋を大急ぎで飛び出し、タンクトップ以外には体に何も身に付けないフレッシュな出で立ちで戻ってきた。ポームズは手ふきタオルを鷲掴むと勢いよく水を浴びせ、B'zの「Calling」を歌いながら一心不乱に濡れたタオルを壁に叩き付け始めた。ピシャアン!ピシャアン!という小気味よい音と共に、辺りに水しぶきが散る。タオルを振るたびにポームズのむき身の股間がぶるんぶるんとテキサスの暴れ馬のようにけたたましく揺れていた。

「ポ、ポームズ!落ち着け!何を考えているんだ?!」
私がそう言うとポームズはムッとした顔になり、
「何も考えていないに決まっているだろうッッッ!!!!」と一喝した。
そして次の瞬間には満面の笑みを浮かべ、嬉しくてしょうがないといった様子で
「ハハハハハハハハ! キミはどう思う、ワトソソン君! 実におかしな事件じゃないか!」とけらけらと笑った。


東京と横浜の2つのマンションで起きた事件については私もテレビ報道などで知ってはいたが、どう思うも何も謎また謎だらけで、犯人は一体何のためにこんな大掛かりな殺人を行ったのかさっぱり分からなかったので私はそうポームズに伝えた。

「いいかいワトソソン君……この事件で最も不可思議なのは、犯人は何故、被害者の背中を刺して殺したのかという点だ」
ポームズは冷蔵庫から大根を取り出し、目にも止まらぬスピードで大根をおろし金にかけながらそう言った。
「え……? どういう意味だポームズ。特に変わった殺害方法ではないように思うが…… 」私は正直に言った。

ものの30秒足らずで大根一本をおろし終えたポームズは、節分の豆まきの要領で窓の外に向かって勢いよく大根おろしを撒きながらこう答えた。
「だからこそ、さ。事件現場の劇場性に対して殺し方が単純すぎるんだよ……これだけは実際に確認しないと何とも言えないが、ひょっとしたら犯人には被害者が背中を刺されて死ななければならない理由があったのかもしれない」

大根おろしを撒き終えるとポームズは突然カーペットの上に灯油を撒き散らし、「さあ行こう!ワトソソン君!事件が僕らを待っている!!」と叫びながらライターで火を点けた。カーペットは勢いよく燃え上がる。あっという間に部屋に煙が満ちた。


「ご、ゴホッ……!ポ、ポームズ! 正気か?! 一体どういうつもりだ!?」
煙が目に染みて前が見えないが、物音と気配でポームズが事務所を飛び出したのがわかった。
私はハンカチで顔を覆い、よろめきながら必死にポームズの後を追った。


命からがら事務所の外へ出ると、タンクトップ一丁のポームズが奇声を上げながら大通りを渡ろうとしていた。
信じられない。あの男は車が行き交うのを気にも留めず、通りを横断していた。


「あ…危ないッッ!!!!!!」


次の瞬間、空が裂けたのではないかと思うほどの轟音が鳴り響いた。

私はポームズが観光バスに吹き飛ばされ、グシャグシャという何かが潰れるような音を上げながら地面をもんどりうって転がって行くのを見た。死んだ……と私は思ったが、対面の歩道まで転がって行ったポームズは全身から血を流し、ちぎれた右の手指を拾い集めながら



「謎はすべて解けたッッ!!!!」



と絶叫した。

「へ?! な、何だって!!?」と私も声を張り上げて聞き返す。



「あの観光バスが、
 
  私を轢いた犯人ですッッ!!」


言い終わる前にポームズはすでに駆け出していた。
私もポームズを追って走り出す。


後ろから見ていてもわかる。


あの男、首の骨が折れている……


「ほらほら!もっとスピードを上げないと追いつけませんよ!
 あはははははは! あははははははははははははははははは!!


「ま、待ってよぉ…! ポームズゥーーーーーーーっ!!!!!!」


「あははははははははははははははははははははははははははは」



かくして、


私たちの夏の大事件は始まったのである。



〜完〜