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ありがと。

僕には物心ついた頃から今日まで付き合いを続けている親友がいて、彼はもう幼馴染みというよりは家族のような、本当に自分の一部みたいな存在なのだけれど。7年ほど前になるだろうか、ある日曜日の朝、彼のお姉ちゃんから信じられないようなメールが届いて。彼が突然意識を失い倒れて、病院に運ばれたという内容だった。病名は「脳腫瘍」。すでに手術は終えているということだった。


僕はすぐさま幼馴染み仲間に声をかけ、大学病院へ飛んで行った。まず彼のお母さんに会い、話を聞いた。「後遺症、半身に麻痺、立てない、歩けない……」耳を疑うような言葉がぽつぽつと、とても苦しそうに語られる。これから想像もできない現実と向き合う覚悟をしてほしいと、そう言われているようだった。本当に辛いのは彼のお母さんのはずなのに。なんて強い人なのだろうと、そう思った。


病室で彼と対面したときのことは今もはっきりと覚えている。何から何まで、はっきりと。最も印象に残っているのは彼の瞳だった。焦点が定まっていない。というより、片目が動いていない。頭に包帯を巻き、うつろな目をする彼と目が合ったとき、驚くことに彼は少し、笑った。半身が麻痺しているものの、微妙な頬の動きでそれが分かった。伝わった。

それから少し彼と喋った。呂律が回らずもどかしそうな彼の言葉を、それこそ全身を耳にして聞いた。ときおり彼の口からもれるとても深い深い溜め息に、心がどうにかなってしまいそうだった。


辛くて辛くてドン底にあったのは彼なのに、なんというか僕は参ってしまった。まるっきり余談だしほんと今思い返しても笑ってしまうのだけれど、あの頃僕は世に多く出ている「元気や勇気の出る名言集」的な書物を読みあさったりしていた。元来そういった本は「いかがわしいもの」くらいの捉え方をしていたのにも関わらずだ。『カーネギー名言集』とか買っちゃったりしてたもの(…まあ、カーネギー名言集はとてもいい本なのだけれど)。今もたまーに手に取ってパラパラとめくるたび、あの頃まいっちゃってたんだなぁと可笑しくなってしまう。


彼の闘病生活は結局一年くらい続いたのではないだろうか。抗がん剤の投与、放射線治療、治療によって破壊された血液組織を回復するための輸血、繰り返し行われるリハビリの日々……一年。少しずつ、ゆっくりと時間をかけて彼は回復していった。以前より舌がまわるのか言葉もだいぶ聞き取れるようになったし、何より彼がよろめきながらも立って歩いていることに本当に感動した。


先の見えない長くて長くて暗いトンネルみたいな日々を抜けて、彼は彼の生きる日常に戻った。それは健康だった頃の彼が住む世界とは少し違う日常だったかもしれない。体も完全に回復したわけではない。通院の必要はあるし、依然として顔面に若干の麻痺は残っていたし、彼の好きだったサッカーもギターも、できない。彼から大学生活で直面した不条理も多く聞いた。数え切れない様々なストレスが彼を襲い、機能性胃腸障害にもなった。それでも、彼は何からも逃げずに戦い続けて。現在は就職して毎日奮闘してて。カッコイイなぁって、心の底から思うのだ。


こんなことを長年の友人である僕がいうのはある意味酷なことなのかもしれないとは思うけれど、本当に彼みたいなタフでなにひとつあきらめない友人と出会えて良かった。あんな強い人間、他に見たことないもの。

彼の生き様から教えられることは本当に数え切れないほどあって、まあいつ会ってもお互いおちゃらけてバカなことしか喋らないんだけれどさ。きみのこと、割と真面目に尊敬してます。俺もそのうち何か恩返しができたらいいんだけれどね。


そんなわけで、ひろくん。誕生日おめでとう。