どこか遠く、思い出の中で鳴っているような雨の音を耳にして、あたしはすぐにそれが彼の仕業だとわかった。


さら さら さら。


それは彼の音だったから。彼だけがつくりだせるメロディだったから。
彼は雨づくり職人。あたしの昔の恋人。

でも変ね、とあたしは思う。
気象庁の発表では今日は曇りにする予定だったはず。
気象調整委員会からの異議申し立てがない限り、今日は曇りづくり職人の稼動日のはずなのだ。


ひとつ、気になることがあってあたしはミチに電話した。隣町に住むあたしの親友だ。
なあに?といういつもの猫なで声に被せるように「ミチの町、雨降ってる?」とあたしは言った。
降ってないよぅという彼女の返事を聞き、あたしはレインコートを羽織って部屋を飛び出した。


こんなに細くて柔らかい雨なのに、外はバケツをひっくり返したようにそこらじゅうに水たまりができていた。やっぱり、あのときと同じだ。あたしは確信した。彼はきっと、あの場所で雨を降らせてる。

公園の裏手にある丘をあたしは駆けて行った。


ぱしゃ ぱしゃ ぱしゃ。


長靴を履いているから大丈夫。息を切らせて丘を駆け上がると、思ったとおり、彼がいた。
空をじっと見つめたまま、右手に持ったリモコンを操作している。

ぱしゃ。

水たまりを踏む音に反応して、彼がこちらを向いた。
「傘、貸したげる」あたしは用意していた傘を彼に差し出す。
「久しぶりだね」と言って、彼は目をこすり、少しだけ笑う。
「勝手に雨を降らせたりして……また、女の子を傷つけたの?」
あの日のことを思い出しながら言うと、彼は恥ずかしそうに笑った。


「女の子をフっといて泣くの、それすごくカッコ悪いからやめなさい」
あたしはレインコートの下に手を滑らせ、リモコンを取り出した。
彼の表情が瞬時に変わる。言葉が出ないようだ。あたしはそれが嬉しかった。

リモコンを操作していくうちに雨はだんだんと弱まり、やがて公園の周囲にだけ陽が差し込み始めた。
丘の上にも陽が照り、草の上の水滴がきらきらと輝く。


「驚いたな……」空を見上げて彼が言う。
「僕と別れた後も、まだきみは……」
あたしは呆然とした表情のままの彼を見ながらゆっくり頷いた。


「でもあなたと別れたから、あたし" 雨職人になることはやめた "のよ」

そう言ってあたしは精いっぱい、笑ってみせた。


強がりだってことが彼に伝わらなければいいけれど。


あたしは晴れづくり職人。彼の、昔の恋人。


〜Fin〜