トラブル・イズ・マイ・ビジネス 第2部

【超不定期連載】 トラブル・イズ・マイ・ビジネス


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「月刊 桃色OL倶楽部 初版本」と俺は呟いた。

「それが今回の標的さ」

さだの表情がこわばった。

構わずに俺はさだに背を向け歩き出した。


俺とさだの長い一日は、そのようにして始まった。



* * * * * 〜第2部〜 * * * * *



午前3時、サンディエゴ西の高台。

俺はペンライトを使い、男を入念にチェックしていた。


シトロエンの運転席に身を沈めたその男は仕立ての良いグレーのスーツを着込み、歳は50を少々越えたといったところ。もっとも、こめかみと胸に一発ずつ弾丸をブチ込まれているため、実年齢より老けて見えている可能性もなくはなかった。

俺は彼の頬にそっと触れてみた。
車内にはすでに死の臭いが立ちこめていたが、男が死んでからそう時間は経っていないようだった。
携帯電話を取り出し、男の死に顔を撮影した。


差しっぱなしになっていた鍵を抜き取り車外に出て新鮮な空気を肺に送り込むと、俺は超さだまさしを振り返って言った。
「二発。プロの仕事だ」
「死んでいるのはお前の組織が手配した人間なのか?」
「おそらくな……ここでシトロエンに乗り込むよう指示されていたんだ。
 ナンバーも聞いていたものと同じだ」

さだは何も言わず頷いた。
俺は煙草に火を点けると、車の鍵をさだに示した。
「敵は俺たちの行動を封じることが目的ではないらしい」
「盗聴器や爆弾の類は?」
「ざっと調べてみたが、その手のものが仕掛けられている可能性はないように思う」

さだはしばらくの間黙り込んでいたが、やがて俺に背を向けてゆっくりと上半身を折り曲げると、両の手のひらを地面にぴたりとくっつけ見事な立位体前屈を披露した。
さだは前屈の体勢で軽く足を開くと、そのまま足を浮かせ逆立ちの格好になり、何故か語尾をネコ言葉にして言った。


「気に入らんニャ」


「…あ、ああ……」少々呆気にとられ、俺は生返事をした。
「どうするのだ?」逆立ちをしたまま、微動だにせずさだが言った。
「上に連絡を取ってみる。すまないが俺が離れている間、死体をトランクの中に入れておいてくれ」
さだは逆立ちのまま器用にドアを足で開け、スーツの襟に足の指を引っかけて死体を外へ引きずり出した。
俺はトランクを開け、その場を離れた。


組織から支給された携帯電話には、信号を暗号化する盗聴防止装置が付けられている。
俺はさきほど撮影した画像を組織のサーバーにアップした後、「072」をプッシュした。
ワンコールで相手が出た。


「やほー、ベッキーだよぉ。もう車は手に入れた?」
「運転手が殺された」
「殺されたぁ!? アメっちは無事なの?!」
「ああ。俺たちが約束の時間にここへ来たときには、彼はすでに死体になっていたんだ。
 彼の画像をさきほどアップした。念のため確認してほしい」


しばしの沈黙の後、ベッキーの悲痛な叫びが聞こえてきた。
「グゥアァッッッデムッ!!! 佐野さん死んじゃったんだぁー……」
「情報が漏れている可能性があるな」
「そうみたいだね。……てかヤバイじゃん!!」
「しかし車に何かを仕掛けられた形跡はなく、鍵も手元にある。
 敵方が何を考えているのか、さっぱりわからないのだ。
 ……どうするべきだろう?」
「まいったなぁー、ママに聞いてみたほうがいいかもしんない。
 でもこの時間じゃママ絶対寝てるだろうし……」
「志村さんはどうだ?」
「あーダメダメ、園長だってパン君と寝てる時間だよぉ」
「困ったな……」
「でもさ、とりあえず車があるんならラスベガスまで行っちゃえばよくない?!
 どっちにしたって、ベガスでカンペー・ハザマに会わなきゃならないんだし」


たしかに、夜が明ける頃にはカンペー・ハザマという日本人が大阪からマラソンとヨットを用い、ラスベガスに例のブツを運んでくることになっていた。
カンペーという人物は運び屋の世界ではレジェンドの存在だ。
彼に恥をかかせるようなことがあってはならない。


明朝までにラスベガスへ行くには、車を使う他に手はないだろう。
敵がどう出るかわからないが、こちらにはさだが付いている。
何より、敵にその気があるのなら、俺たちを始末するチャンスなどいくらでもあったはずなのだ。
おそらく俺たちを始末する必要が出てくるのは、カンペーから例のブツを受け取った後……
しかし、そうなるとこのタイミングで組織の人間に弾丸をブチ込んだことの必然性が見当たらない。
敵方にこちらの行動が把握できているのなら、ベガスで三人まとめて殺すのもわけはないはずだった。


「オーケー。どう考えてもアドバンテージは相手方にありそうだ。
 車はあるんだ、予定通りシトロエンでベガスへ向かう。
 そういえば、ひとつだけ確認しておきたいことがあるのだが」と俺は言った。
「なあに?」
「今回の計画に派遣されたガンマンだが……
 さだまさし、という男ではなかったのか?」
「え? そのはずだよぉ? さだまさし。国籍不明。年齢不詳。ガンマンの世界ではトップ3に入る実力者だよ」


「…… 実は、おかしなことになっているんだ。
 奴は自分のことをさだまさしではなく、さだまさしなのだと言っている。
 どういう意味なのだろう?」
「えぇ〜? わっかんないよぉー、何それぇ?
 まあガンマンの連中は神経質なの多いからさぁ。
 あんま、そういう些細なことにツッコミ入れないほうがいいと思うよ」
「それはそうなのだが…… 」
「まあさ、とにかくアメっちファイトだよ!
 あたし明日の朝は志村動物園の収録があるから、そろそろ寝るねぇ〜、、ふあぁぁ…… 」
「…… ああ、すまなかったな。志村さんによろしく伝えておいてくれ」


電話を終えシトロエンの止めてある高台を振り返り、俺は凍り付いた。


車のそばで煙が立ち昇っている。


「さだ!!」俺は叫んで走り出した。
身を屈めてワルサーPPKを引き抜き、安全装置を外した。

電話中、銃声は聞こえなかった。
サイレンサーを付けていた可能性はあるが、それでもこの距離だ。
敵が現れたのならば、物音一つしなかったのは妙だった。


「さだ!! 聞こえるか! 返事をしろ!」


しばらくして、さだはシトロエンの影からエプロン姿で現れた。
俺は一気に高台を駆け上がった。

「よかった、無事だったか…… さだ、この煙は何だ?」
「うむ、さんまを焼いていたのだ」
「さ、さんまだと…… ?!」俺は自分の耳を疑った。


たしかにさんまの焼けるいい匂いが辺りに漂っていた。
煙のほうへ目をやると、なるほど、さんまがいい感じに焼き上がっていた。


「殺人とさんまにはもってこいの夜だな」と言って、さだは腹を抱えて笑い出した。
何が面白いのか俺にはさっぱりわからなかったが、さだは背中から倒れ、手足をバタつかせながら転げ回って笑っていた。両目から涙を流し、ヒーヒー言いながら心の底から爆笑している。……とんでもない野郎だ。

「さだ…… 出発するぞ」
俺はさだとさんまに背を向け、シトロエンに乗り込んだ。


目的地はラスベガス。


カンペー・ハザマに会いに行くのだ。