名探偵ポームズ 解決編

「ルイス、きみの話は "もし" ばかりだな」

「人生は "もし" の連続ですよ」

  ーーー『ウッドストック行最終バス』 コリン・デクスター



* * * * * * * * * * *



ー 解決編 ー


浅香光夫の名前は警察の捜査の比較的早い段階で挙がっていた。

被害者の細木、容疑者のミイラ男と同じ職場に勤めており、細木の携帯電話の履歴や職場の人間への聞き込みにより被害者、容疑者両名と浅からぬ交遊があったことも確認出来ていたからだ。

決定打となったのは目撃者の証言だった。
公衆電話を利用した人物と浅香の外見が一致したのである。



現場へ連行されてきた浅香の容姿に私は思わず目を疑った。

巨大なシカの角が取り付けられたフルフェイスのメットの頭頂部に黄金に輝く鷹の像が固定されており、Pコートを2着重ね着したうえに深紅のマントをはためかせるという出で立ちだったからだ。



ポームズはこの見るからに怪しい男の前に立ち、男の被るメットの側面から伸びるシカの角を両手でがっしりと掴みながら「浅香さん! あなたが細木数夫さんを殺した犯人です!」と叫んだ。

「お、おお、おおお、俺俺俺俺は、こここここ、殺してなんか、いないッスよぉ!」
浅香はシカの角を左右に激しく振って抵抗し、「あ、ああーーーーっ!?」と言って窓の外を指差した。


全員の視線がそちらへ向けられる……その一瞬の隙をついて、浅香は勢いよく玄関へ向かって駆け出した。


が、すぐさま待機していた数名の刑事が飛びかかり、浅香はあっという間に取り押さえられた。

「ほんと、殺してないッスもん……ピーピピーピー」と浅香は口笛を吹きながらメットを撫でた。


この男、どう見ても怪しい。



「全部……全部お前が仕組んだことだったんだな、浅香!」
声を荒げるミイラ男を落ち着かせるように包帯の巻かれた肩に手を置き、目々暮警部は「話してくれポームズ君、本当にこの男が犯人なのかね?」と言って浅香を見た。


「ええ! そうですとも! ミイラ男さんが来ることを何かのキッカケで知った浅香さん、そう、それは被害者の細木さん自身から聞いたのかもしれないし、職場の仲間から耳にしたのかもしれませんが……、とにかくあなたは細木さんを刺殺して部屋を出て、ミイラ男さんが細木さんの部屋を訪ねるタイミングを見計らって通報を入れたのです!」


ポームズは喋り終えると志村けんのアイ〜ンの物まねをし、自信に満ちた表情で部屋の人間を見回した。しかし、物まねには誰も何の反応も見せはしなかった。


「だ、だがポームズ君、この事件には不可思議な点がいくつかあるじゃないか? 例えば窓のロックだ。それに玄関からリビングまで続いていた血の痕もある……まだワシらの知らない、謎が隠されているんじゃないのかね?」


警部が喋り終える前にポームズは「ギョエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」と奇声を上げ、「謎だって!? こいつは驚きましたねぇ! 笑わせるんじゃあないよッ、このおデブさん! そんなものは謎でも何でもない!」と言って腹を抱えて笑い転げた。


「ポームズ、お前さんにゃあわかってるのかねぃ? 何もかも」
孫が煙草の煙を吐き出す。


「ええ、もちろんですとも! いいですか、警察が部屋に踏み込んだとき、部屋の中には被害者の他には誰もいなかったんです! ミイラ男さんはバルコニーへ出てしまっていたんですからね! となれば! 窓にロックをかけることが出来た人物は一人しかいないということになります!」


そこで一旦言葉を区切るとポームズは再度アイ〜ンを挟み、


「つまり! 被害者である細木さん自身がロックをかけたんですよ!」と叫んだ。


「ば、馬鹿な?! 被害者は肺を刺されて絶命していたんだぞ!」
司法解剖をしたわけじゃないから断言は出来ないがねぃ、それでもガイシャは警察が到着するよりも前に死んでいたと見るのが妥当だぜぃ、ポームズ?」

警部と孫の言葉を遮るようにポームズは「オオオオォォォォボエエエエエエエ」と唸りを上げ、



「生きているだとか、死んでいるだとかの問題ではないんだ!」と一喝した。



「いいですか警部! 警部は外出するとき、何を確認されますか?!」
この突然の質問に警部はとまどいながら「え、えぇと……火の元、戸締まり……」と答えると、
ポームズは「それだよぅッ!!」と言って警部に抱きついた。


「細木さんには窓をロックし玄関扉に鍵をかけ、コンロの火消しを確認する必要があったのです! 彼はあの世へ "出かけようと" していたんだ! 肺を刺されちゃ息も出来ない! きっと薄れゆく意識の中で自分の死を覚悟したことでしょう! そして向こうへ旅立つ際、いつもの出かける前の癖で窓やドアの鍵のチェックを始めたのです! おかしなことだと思いますか? 
 ……僕は思いませんねぇ! 火の元、戸締まりの確認に、生きているも死んでいるも関係ないじゃないですか!」



「そ、そういうことかぁ……!」警部が感嘆の声を上げる。

「ちょww それどんな理屈!?ww」
浅香が涙声で叫ぶ。



「警部が部屋に入ったとき、カーテンは閉じられていた! ミイラ男さんがバルコニーに出た際に閉めたからです! その後で細木さんは思い出したんだ! 火の元、戸締まりを確認してからアッチへ行かなきゃと! 細木さんはまずカーテンを少しだけ開け、窓をロックしました!
 そのときミイラ男さんは11階のバルコニーから地上を眺めて頭を抱えていたのかもしれない! あるいは単純にカーテンが少々動いたことに気がつかなかっただけかもしれない! いずれにせよミイラ男さんは完全なパニック状態にありましたからねぇ! 気が動転して地上へ飛び降りてしまったことがそれを示しています! 普通では考えられない!
 警部も確認されたように、窓のロックなんてレバーを下ろすだけで出来てしまうんです! ほんの1、2秒で済む! そして細木さんはキッチン、玄関へと向かいました! コンロの確認をし、玄関扉の鍵をチェックするためです!
 細木さんがすでに死んでいたにせよ、このとき心臓が再び動き出したのは間違いありません! 心拍停止状態で動くなんて絶対に不可能ですからね! 心臓が動いたことで、細木さんの傷口からは多少なりとも再び出血が始まったに違いない!」



「出血!! それがキッチンの血痕だったのか!」警部が口をあんぐりと開け驚く。

「ちょww 何かいろいろ無理がない!?」
浅香が体を震わせて絶叫する。



「そう、つまりっ! あの血痕は玄関からリビングへ続いていたのではなく、リビングから玄関へと続いていたのですよ! 玄関ドアはミイラ男さんが部屋に入った際施錠していたから、細木さんは目視だけをして再びリビングへ戻った! このとき部屋の外には警部たちがいましたよね! しかしみなさんはドアを叩いたり細木さんの名を叫んだりしていたため、部屋の中の物音に気づくことはなかったのです!
 リビングとキッチンを仕切る引き戸は開閉の度にガラガラと音がしますが、これもミイラ男さんによって開けられたままになっていましたからね! 細木さんとしては玄関までただまっすぐに歩けばよかったわけです! あるいは細木さんは一歩一歩よろめきながら玄関へ向かっていたため、そもそも足音などは立たなかったのかもしれない! 彼がギリギリの状態であったことは間違いないでしょう! ほとんど動物的な本能で戸締まりを確認していたはずですからね! そうでなければ警部の声にも反応が出来ていたはずです!」



「そりゃそうだよなぁ……!」警部が深く頷く。

「ちょww そりゃないでしょうよおおおぉぉぉ!?ww」
浅香はその場に突っ伏して泣き出した。



「……ワトソソン君、この世には、不思議なことなど何もないのだよ」
聞いてもいないのにポームズは私に向かってそう言い、ドヤ顔でニヤけてみせた。


「なぁポームズ、俺にゃあガイシャには戸締まり以外にもある程度、意志があったように思えるんだ……何か意志がなけりゃあ、真っすぐリビングに戻ったりはしないんじゃないかぃ?」
孫の問いにポームズは人差し指を立て、「僕が想像するに……」と再び喋り始めた。





「リビングに転がるビート板を見て、細木さんはそのとき初めて意識を失う前に自分がやろうとしていたことを思い出したのではないでしょうか……細木さんが生きていたにせよ死んでいたにせよ、一度意識を失ったのは間違いないですからね! そうでしょう、ミイラ男さん?」

「あ、ああ……俺が部屋に入ったとき、カズはぴくりともしなかった……こ、呼吸をしてる様子もなかったし……死んでるって、俺は思ったけど……」


「被害者がやろうとしていたこと? 何だね、それは?」と警部が不思議そうに言う。

ダイイングメッセージですよ!」ポームズはそう言ってビート板を拾い上げた。

「ダイイングメッセージ!? そ、そのビート板が……?」
「そうさワトソソン君! 何だキミ、気づいてなかったのかい? 細木さんの送るメッセージに……」



私は改めて4枚のビート板を眺めた。このビート板が被害者が残したダイイングメッセージ……どう考えても私にはそのメッセージを読み解くことは出来そうもない。

「ま、まるでわからない……」私は力なく呟いた。


「お、教えてくれポームズ君! そのビート板には一体どんなメッセージが……?!」

「おや、こいつは驚いたなぁ! 警部も気づいてないんですか?
 ふふふ、アーーーーーーーハッハッハッハッハ! いいでしょう!
 このビート板は、犯人が浅香さんであることをハッキリと示しているのです!」


「ちょww ええええぇぇぇ!?ww」
浅香自身、信じられないといった様子で驚いている。



ポームズはさきほど米を研ぐ際に脱ぎ捨てたジャケットを拾い、胸ポケットから黒色の極太マッキーを取り出した。その場にいる全員がポームズの行動に注目している。ポームズはマッキーでビート板一枚一枚に文字を書き込んでいく……。



「ご覧なさいッ!! これが!!!
 被害者の細木さんが残した、
 ダイイングメッセージですッ!!」



叫び声を上げ、ポームズは4枚のビート板を私たちに向けて見せた。

なんと、ビート板にはそれぞれ黒のマジックでハッキリと、


 




という文字が書かれていたのである……!


「これは……紛れもないダイイングメッセージだわっ!」警部の声が思わずひっくり返る。
「そうか……それでビート板が4枚必要だったんだねぃ」新しい煙草に火を点け、孫が言う。



「ちょwwww
  今その人自分で書いたよね!?
  自分でビート板に文字書いたよねぇ!?wwww」


浅香の様子が目に見えておかしくなっている。



「すべては、論理的帰結ですよ……」


そう言ってポームズは私にウインクしてみせた。






浅香が連行されて行くのを見届け、ようやく事件は終わった。


「今回もまた、きみの世話になってしまったなポームズ君!」と警部が手を差し出す。
ポームズは差し出された手に股間を押し付けて「お易いご用ですよ!」とヘラヘラ笑った。


「しかしよぅポームズ……結局、消えたCDコンポは事件とは関係なかったのかぃ?」
孫が口の端にぶら下がる煙草を上下させながら言うと、ポームズは「ああ!」と叫び、
「ハハハハハ、そうでしたねぇ! あれは事件とは関係ありませんよ!
 けれど、CDコンポがどこへ行ったか、ということならば分かります!」

「な、何だって!? そんなことまで推理出来てしまうのか?!」
「論理的に考えればCDコンポはあそこにある……、ただそれだけの話です」
「一体どこへ……?」私も興味が湧いてきた。


ヨドバシカメラですよ」と、こともなげにポームズは言う。



「ヨ、ヨドバシキャメラだとぉッ!!?」



「ええ、嘘だと思うならヨドバシへ電話を入れて確認してください。必ず、CDコンポはそこにある……!」


警部が半信半疑でヨドバシカメラへ電話をかけて尋ねると、驚くべきことに、
「CDコンポなら当店で扱っている」との返事が返ってきたのである。

「ほ、本当に、そこにCDコンポがあるのかね!?」と警部は食い下がる。

「あります」ヨドバシカメラの従業員は即答した。


電話を切り、警部は壁に叩き付けられたズワイガニのような顔でポームズを見つめた。
「とんでもない男だな、きみは……」


その後ポームズは事件を解決する度に行う儀式でもある、長渕剛のCaptain of the Shipをライブバージョンで30分間歌い続け、帰りに寄ったファミレスでラザニアを口に頬張りながら思い出したように私に目を向け、こう言った。


Q.E.D.




名探偵ポームズ

  - Fin -