読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ただでは乗れない

有楽町駅で酔ったカップルを降ろし、私は中央通りを新橋方面へ向け車を走らせていた。

車内にかすかに残る酒と香水の匂いは、私の心を落ち着かなくさせた。
私は窓を下ろし、街を冷やす6月の夜風を片頬で受けた。

松坂屋の本館を何ともなしに眺めながら五丁目の交差点で信号待ちをしていると、客が片手を上げて寄ってきた。
ついている。
新橋駅へ出るまでに客を捕まえられることなど、ほとんどないのだ。


その客はとてつもない大男だった。

丸太のような腕、分厚い胸板、短足ではあるが筋肉で固められた脚、全身は剛毛で覆われており、DKとネームの入った赤いネクタイが彼を一流の紳士に仕立て上げていた。




客は、ドンキーコングであった。



私は戸惑っていた。人間以外の客を乗せるのは初めてだったのだ。
日本語が通じるかどうかも怪しい。試しに私は聞いてみた。

「どちらまで?」
「トロッコ」と、地鳴りのするような低い声でドンキーコングは答えた。

トロッコというのは炭坑などで使用する、あのトロッコなのだろうか。
ひょっとしたら私は「モロッコ」と聞き間違えたのかと思い、もう一度尋ねてみた。

「トロッコ」と再びドンキーは答えた。

なるほど。トロッコで間違いがない。とりあえずモロッコへ行くよりは手間がかからなくて済むだろう。
しかし、日本でトロッコなど使われているのだろうか?
少なくとも私は一度もそんな話を耳にしたことはなかった。

私が地図を片手にまごついているとドンキーが例の声音で、


「イソゲ。バナナ、アブナイ」


と言い、私を睨みつけてきた。私は喧嘩には自信があるが、それはあくまでも人間を相手にした場合に限ったもので、マンモスならまだしもゴリラを相手にして勝つ自信などなかった。


そのようなわけで、とりあえず私は静岡の登呂遺跡へと向かうことにした。
トロ繋がりでひょっとしたらということもあるかも知れないと判断したのだ。


東名高速道路に乗り車を走らせるうちに、ドンキーコングは眠りに落ちた。

横になったドンキーは体を折り曲げ、後部座席をいっぱいに使って猫のように丸くなり、親指をちゅぱちゅぱ吸いながら夢を見ていた。

なかなか愛嬌のあるゴリラだ。


私はなおもトロッコのことを考えていた。
万が一、登呂遺跡とトロッコが何の関係もないのだとしたら、私は一体どうすればよいのだろう。


バックミラー越しにゴリラの寝顔を覗いていたら、小学生時代に熱中したスーパードンキーコングという、スーパーファミコンのアクションゲームを思い出した。
ドンキーコングが主人公で、国内で300万本近く売れた大ヒットゲームだった。

私はスーパードンキーコングが大好きだった。
あのゲームなら目隠しをしてもクリアーできる自信がある。
というか、実際に私はよく目隠しをしてテレビゲームをプレイするのが好きな子供だった。
どういうわけか目隠しをすると大抵のゲームは難易度が桁違いに上がり、その難しさが私をわくわくさせたのだ。


スーパードンキーコングの目隠しプレイでは、ステージ2が最も苦戦したのを憶えている。
それはトロッコに乗って冒険するステージで、タイミングよくジャンプしてトロッコからトロッコへと乗り継いでいかなくてはならないのだが、目隠しをしているとこのタイミングを計るのが非常に困難なのだ。

トロッコ、か……懐かしいな……」

そこで私はようやく過ちに気がついた。



ドンキーが言った「バナナ、アブナイ」という言葉、行き先がトロッコ、これはすべて、私が小学生時代にプレイしたスーパードンキーコングと同じ展開なのではないか。

あのゲームの目的は、悪いワニの軍団に盗まれたバナナをドンキーが取り返しに行くことだったはずだ。
あれから十数年経った今も、このゴリラは盗まれたバナナを探し求めて旅を続けていたのだ。


知らなかった……
あのゲームが、実話を元にしていたとは……



「静岡じゃない!!登呂遺跡じゃなかったんだ……!!」

私は東名高速を強引にUターンし、東京へ戻ることにした。

後続の車からけたたましいクラクションが鳴らされた。
私は後続車にバナナの皮かカメの甲羅でも投げつけてやりたい気持ちを抑えながら、再びあのゲームのことを考えていた。

思い出せ。思い出すんだ!!


あのゲームの舞台……


そうだ‥‥‥


行き先は、ただ一つだ。



ドンキーコングアイランド。



私はハンドルを強く握りしめ、こう思った。

「一体どこにあるんだよ、そのアイランドは……」




目隠しして走りたい気分だった。


〜Fin〜