アイ・アム・レジェンド

私は人の噂というものにほとんど興味がないのだが、最近耳にするようになった『アメリカは一度も将棋で本気を出したことがないらしい』という噂だけは納得がいかず、嫌悪感を抱いている。


私が初めてこの噂を耳にしたのは、職場の給湯室の前を通りかかったときのことであった。
他の部署のOLたちの黄色い声が私の足を止めたのだ。


「ねぇねぇ、知ってるぅ? デザイン部のアメリカ・アマゾンって人」
「アメリカ? ……ああ、あのサングラスの上に伊達メガネを重ねがけしてる人でしょう?」
「そうそう! あのいつもバンダナ巻いてる人!」
「あの人がどうかしたの?」
「それがね……彼、一度も将棋で本気を出したことがないらしいのよ」
「えぇ〜〜っ?! 嘘でしょう?」
「いや、ホントらしいのよぅ。信じられないわよね……一度も将棋で本気を出したことがない、だなんて……」
「信じらんなぁ〜い! あっ、だからあの人いっつも背中にサソリが這ってるんじゃないのぉ〜?」
「あはははは、佳子それ言い過ぎぃ! でもあのサソリって『デスストーカー』って呼ばれてる、世界最強の毒を持ってるサソリなんでしょう?
刺されちゃえばいいのにぃ〜☆

「アハハハハハハハハハ☆」

「キャハハハハハハハハ☆」


・・・・・・かつて、これほどの屈辱を感じたことがあっただろうか?

この私が『一度も将棋で本気を出したことがない』などというデマが流されていただなんて・・・・・・



噂はあっという間に社内に広がってしまい、先日、とうとう社内報にまで載ってしまったのである。
『一度も将棋で本気を出したことがない男・デザイン部 A氏』と、名前は伏せられていたものの、そこには私の顔写真がバッチリ使用されていたのだった・・・・・・。


だが、この日記をご覧の皆さまにだけは信じてもらいたい。

私が一度も将棋で本気を出したことがない、というのが根も葉もない噂だということを。



何故なら、私は生まれてこの方、一度も将棋をしたことがないのだから。

私は将棋のルールなどさっぱりわからない。本当に知らないのだ。

ルールを知らないのだから、本気の出しようなどないではないか!



が、



ここまで書いてあることに思い至った。

『人世で一度も将棋をしたことがない』と『一度も将棋で本気を出したことがない』は、イコールの関係にあるのではないか?


将棋をした経験がないのなら、将棋で本気を出したこともないのはしごく当然である。




つまり、




今の私は、





一度も将棋で本気を出したことがないのだ!!!