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激しいセックスの後で

ノスタルジー 雑記雑文

記念すべきブログ第一回目の話題は、私の得意分野でもある「日本の農具 ベスト100」にしようと考えていたのだが、初回からマニアックな方向へ走ってしまうのはどうかと思い、日本の農具にできるだけ近い話題ということで私の母親の話をすることに決めた。


私は母に対して、こどもの頃からずっと不思議に思っていたことがあった。

話は私が小学校2年生だったころへ遡る。


私はいつものように「どっかに100円落ちてねえかな」と、テレビの裏側や冷蔵庫の下をのぞき込んで暮らしていた。要するに、今とさして変わらない生活を送っていた。


猫の毛玉以外に何も見つけることが出来ず、機械によって支配された世界の片隅で細々と暮らす人類のような暗い気持ちでテレビの裏からはい出すと、ちょうどテレビを見ていた母の顔が目に飛び込んできた。

思い起こせばそれが母の羞恥心に満ちた表情を目にした、最初の記憶であった。


母はアマゾン奥地の未開の村に全裸で足を踏み入れたとでもいうような、恐怖と好奇心とMっ気が混じり合った顔をして、食い入るようにテレビに見入っていた。

母の視線に促されるように私がテレビへ目を向けると、そこには「明治製菓のカールおじさん」が映し出されていた。「それにつけてもおやつはカール」で世界的に有名な、あのおじさんである。

母はカールのテレビコマーシャルに釘付けになっていたのだ。

「身体が……疼くわ……」


コマーシャルを見終えた母が小さく呟いたその言葉の淫靡な響きは、その後しばらく私の頭から離れなかった。恥を承知で正直に言えば、私はそのとき初めて「女」という生き物を意識したのである。


ずいぶん長い間、私はその一件を忘れられないでいた。

何故母はあのような表情でカールおじさんを見つめていたのか、あの言葉が意味するものとは何だったのか、私は答えを見いだせぬまま着実に陰毛を生やし、脳みそをピンク色に染め、やがて中学二年生になった。


おそらく皆さんもそうなのだと思うが、異性に対して興味を持ち始めたことで、私はカールおじさんを見る目ががらりと変わった。ある日ソファに横になってテレビを見ていた私の目に映ったカールおじさんは、もはや私が知るカールおじさんではなかった。

「な……

なんて性欲の強そうなオヤジなんだッ……!!」


長年心にわだかまっていた疑問は、画面に映る屈強な「男」の姿によって遙か彼方、銀河の果てへと流されていった。小学生の頃には気づきもしなかったカールおじさんから発散される強烈なフェロモンの波は、ブラウン管を通しても弱まることなくびんびんと私の身体を貫くのだった。


口周りを覆う濃いヒゲは彼の身体から発散されるまがまがしいオーラのような男性ホルモンを象徴的に示し、風呂にはいるときでも外さないといわれる麦わら帽子は、彼が心に秘める幼児性のメタファーとして機能していた。


激しいセックスの後で、したたり落ちる玉の汗を首に巻いた手ぬぐいで拭き取るカールおじさんの誇らしげな姿が私の脳裏に鮮明に浮かんだ。その迷いのない無邪気な瞳と、汗に光る厚い胸板のギャップが、同性として私はうらめしく感じられた。


「男として……

 次元が違いすぎる……!!」


ドラゴンボール終盤のヤムチャ天津飯が抱いた絶望感を、私は正確にトレースすることに成功した。


確かに考えてみればカールおじさんというのはお菓子のキャラクターとして奇妙な存在ではあった。あんな中年のオヤジを広告塔に立てることにどれほどのメリットがあるのか、興味のないふりをしては来たものの、誰も本当の意味では答えを出せなかったのではないだろうか。


だがつまるところ、カールおじさんは性のメタファーとして捉えることが妥当なのだと私は考える。明治製菓の公式ホームページには、カールの主な購買層は30代から50代の人妻、または未亡人であるという調査結果が出ている。


世の多くの人妻がカールおじさんからどのような影響を受けるのか、その答えはあの日の母の言葉が端的に示している。女性の性衝動を利用した明治製菓の手腕には本当に感服した次第である。

となるとカールのお菓子のあの形状、丸まったエビみたいなあの形状も何かの隠喩なのではないか……!?

と思ったのだが、いい加減こんなことを長々と書いてる自分がカワイソウになってきたので、追求はここまでとする。


ところで、すべてを理解した私は男として父に同情せざるを得なかった。

「あんたはカールおじさんに負けたんだよ……」


出勤前の父の背中に向かい、私は心の中でそう呟いた。


そしてその晩、私は生まれて初めての精通を経験した。