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物語・短篇

トロフィー

彼はまずはじめにハンバーグを口に入れた。 ゆっくりと肉を噛み締めて飲み込んだあと、サラダが盛られた皿を指差して「もうこいつから先に食う必要がないからな」と笑った。先月の終わりに彼はプロボクサーを引退した。8年間に及ぶプロ生活の最後の試合は、…

タクシードライバー

タクシーに乗り込むなり「前の車を追ってくれッ!!」などと叫んだのは、俺のチャーミングな出来心に過ぎなかった。 その日は何かとツイてないことが多く、サーロインステーキと同じ食卓に並べられた肉じゃがのような、シケた気持ちが心を満たしていたのだ。…

ハイスクール・アウトレイジ

俺が通っていた高校は、典型的なヤンキー校だった。 放課後に不良たちが帰宅しようとする先生の車を囲み、ルーフやボンネットをバンバン叩く光景は日常茶飯事だったし、校内のいたるところにビールや焼酎、ジンの空き瓶が転がっており、校舎は汗と酒の臭気が…

初恋のきた道

夏になると思い出す女がいる。 彼女は小学校の教諭で、俺のクラスの担任だった。生徒と教師という関係でありながら、彼女は夏休みに入る前の放課後、俺を職員室に呼び出しこんな怪しい話を持ちかけてきた。「この本を読んで、400字詰め原稿用紙2枚に感想を書…

今はもうない 〜自慰 of Life〜

インターネットという裸のおネェちゃん見放題装置が普及する以前の時代、己の下半身の奴隷となった思春期の健全なボーイズたちは、スケベ雑誌やエロティック・ビデオを求めて隣町へ遠征するといったことを日常的に行なっていた。 家の近所や学区内でそのよう…

スーパーうんちくん伝説 〜アフターストーリー〜

僕のことを「スーパーうんちくん」と呼んでほしい…… 彼女にそう懇願したあの晩から、america-amazon.hatenablog.com3年近い月日が経とうとしていた。 正直に言って、3年も経ってあの話の続きを書くことになるとは思いもしなかった。線路に大量のドーナツを置…

少年アメリカ・アマゾン危機一髪

今日みたいな寒い日だった。小学生の頃、ストーブをつけたまま布団に入り、「これ最強www あったけぇwww ていうか暑いwww」なんて喜んでいるうちに湖畔に浮かぶかまぼこ板みたいにまどろんだ俺は、あっという間に夢の世界へ落ちていった。 数十分後、真夏に…

Every Time We Say Goodbye

高ければ高いほどいいのよ、とあの日彼女は言った。 「もちろん夜景が見たいからなんて理由じゃないわ。私はエレベーターで彼の部屋まで上がって行くあの時間が好きなの。彼の住む階まで運ばれて行くあの時間が」 彼女はそう言ってコーヒーに口をつけた。瞳…

ルル・ファンタジカ

何の不自由もなく暮らしていけるだけのお金が口座に振り込まれているのは忘れることにしたのだから、しなくてもいいバイトだって真面目に取り組まなくてはいけない……ってのは分かってるんだけど、それでもやっぱりお金がたっぷりある中で必要のない仕事をす…

英雄

もっくんはきっと何かに悩んでいて、けれどわたしにはその悩みが何なのか、さっぱりわからない。 最近、もっくんは自分が流れてきたあの川のほとりで毎日考え事をしている。 その姿はどことなくわたしを不安な気持ちにさせる。犬なんかは鬼ヶ島から帰ってく…

" 糸を切らすな " ただそれだけを考えてきた。 デビューのときからずっと、ただそれだけを。糸さえ切らさなければ、俺は誰にも負けない。 そう信じてきたし、実際に俺はこれまで、ただの一度も負けたことがなかった。 満員の後楽園ホール。8度目の日本王座防…

手紙

他に何か、書き忘れたことはないかな。僕は慎重に文章を読み返す。 一年に一度きりなのだから、どんな些細なことでもいい、伝えたいことはすべて伝えておかなければ。 つい最近となりに引っ越してきた猫なで声の女の子のことは書いた(それがとにかく可愛い…

どこか遠く、思い出の中で鳴っているような雨の音を耳にして、あたしはすぐにそれが彼の仕業だとわかった。 さら さら さら。 それは彼の音だったから。彼だけがつくりだせるメロディだったから。 彼は雨づくり職人。あたしの昔の恋人。でも変ね、とあたしは…

スウィート・フォーエバー

昨年末から付き合い始めた女の子と、上野恩賜公園へ桜を見に行った。 桜のアーチの下を彼女とのんびり歩く。 ときおり春の風が吹いて、彼女のフリルのスカートを揺らす。 僕は自分のカツラが飛ばされないか少し心配で、念のためにと持ってきておいた工事現場…

人生で食べた最も美味しいバナナ

文章を書き始めるとあれもこれもと詰め込んでしまい、首を吊ったキリンのような長文になってしまう。 長文が悪いとは決して思わないが、それでも自分のブログを読み直すと「もっとコンパクトに書けるはずだ」という反省点は多々ある。 こうした長文化は結局…

Sweet 16 Blues

16歳の誕生日の朝のことだった。 俺はベッドの中でテンピャラの首筋の匂いや唇の柔らかな感触を思い出していた。初めてのキス。テンピャラの温かな吐息が舌の上で弾け、俺は一層強く唇を押し付け、舌を絡めた。ずいぶん長いこと俺たちはそうしていたと思う。…

冷蔵庫

何かが壁に叩き付けられるような低く鈍い音が、根岸の目を覚ました。 音は二度、三度と続く。 五度目のひと際大きな音がしてからしばらくは静寂が戻ったが、やがて先ほどよりも数倍激しい調子で断続的に音が聴こえてくるようになった。ときおりチェーンソー…

9つの街 後編

水玉模様のカエルの脚の端っこをそうっと爪でつまみ、わたしは意を決してそれを鍋の中へ放った。鍋にたっぷり入っている淡いオレンジ色の液体にとぷんという音を立ててカエルは沈んでいき、小さな破裂音とともに水色の煙が一筋立ち昇る。「あの……溶けちゃっ…

9つの街 中編

無数の釘が打ちつけられた炊飯釜のような妙な外見のメットを頭に装着し、安田くんは増田さんの指示に従って操作盤にタッチした。安田くんの手が触れるたびに操作盤はキュンだとかポコンといった間抜けな音を上げて、増田さんの「R10、L22!」という叫びに安…

9つの街 前編

こんにゃくマクラの増田さんを師に選ぶことに決めたよ、と安田くんはゆっくり喋って、ゆっくりコーヒーを口に運んで、ポテトをまたゆっくり食べながら話した。 わたしは安田くんを見るたびに、この人はどうしてこんなにのんびり動くことができるのだろうと真…

俺たち雪男調査隊!!

*** 1 *** ぎゅっ、ぎゅっと積雪を踏みしめる小気味好い音を響かせながら、イエティはヒマラヤ山脈を歩いていた。 剛毛で覆われた大きな右手にはiPodがすっぽりと収まっている。「TUBE」という日本のロックバンドの曲を聴きながら散歩をするのが、最…

眠る大走査線  ネコマダムを解放せよ!

けたたましく鳴り続ける電話のベルが、チャメンマ警部補の深いキャット睡眠を妨げた。 このところ忙しく、昨日は18時間と20分しか眠れていない。 「はい……こちらニャンニャン警察署……」 チャメンマ警部補は不機嫌声で電話に出つつ、辺りを見回した。みな…

夏への扉

声は遙か彼方から響いてくるようにも感じられたし、頭の内側で反響を繰り返しているようにも感じられた。頭の中の反響に注意を向ければ声は遠のき、彼方の音を拾おうと意識を集中すれば声は再び頭の中をこだました。 『麻美よ……偉大なる青き英雄の末裔よ…… …

けろっぴ NEXT DOOR!

ケロ田ゲコ蔵こと "けろけろけろっぴ" が京王多摩センター駅にあるバー「ピエロとピュア」の扉を開けたのは、かれこれ4時間以上も前のことになる。 何杯目になるかもわからないマティーニを飲み干し、けろっぴはバーのマスター "たあ坊" に向けて空のグラス…

5年前の、長ネギの

窓の外の風景に高層ビルがちらほらと混ざり始めた。 新幹線はもうすぐ東京へ着く。 凸凹の激しい建物の連なりを眺めていると、毎日のようにテレビに出演し、雑誌の取材を受け続けた東京での日々が憂鬱の影とともに立ち昇ってくる。 (世界を救った根岸さんと…

スーパーうんちくん伝説 〜序章〜

「スーパーうんちくんですって?」 予想していたことではあったが、彼女は猫にオシッコをひっかけられた電柱みたいな顔で僕を見た。 「そうなんだ。これからは僕のこと、そう呼んでほしいんだよ」と僕は懇願した。 すると彼女はしばらくの間、パンダのいない…

ただでは乗れない

有楽町駅で酔ったカップルを降ろし、私は中央通りを新橋方面へ向け車を走らせていた。車内にかすかに残る酒と香水の匂いは、私の心を落ち着かなくさせた。 私は窓を下ろし、街を冷やす6月の夜風を片頬で受けた。松坂屋の本館を何ともなしに眺めながら五丁目…

ひとつなぎの友情

自分の本心にそむけば、いっさいの楽しみ、いっさいの関心事が必ず現実から遊離する。 そういうことをする人の全生涯は、単なる一場の劇としか映るまい。 ナサニエル・ホーソン * * * * * * * * * * 「僕は手先が器用なので、将来は、忍者になりた…

マイ・ブルーベリー・ナイツ

私の煎れたコーヒーをひと口すすり、真奈美は目を細めた。 「とても美味しいコーヒーね」「ありがとう」安物のソファに腰を落ち着けた真奈美に目をやり、私は再び自分の作業に集中するべく指先に神経を注いだ。「ねえ、アメリカ君も座りなよ」真奈美はそう言…

トラブル・イズ・マイ・ビジネス

「超さだまさし、だと……?!」 俺は目の前のさだをまじまじと見つめた。 「その通りだ」さだは右手に持った1932年型のモーゼルをゆらゆらと揺らしていた。 この時代に全自動式のモーゼルを見ることになるとは思ってもみなかったので、俺は少々面食らった。 …